東京大学定量生命科学研究所
泊 幸秀
Dear Victor,
I am beyond thrilled to hear the incredible news—congratulations on winning the Nobel Prize! Your hard work, brilliance, and dedication have truly changed the world, and now the whole world is celebrating you!
これは、2024年10月7日、日本時間の18:42に、私がVictor Ambrosに送ったメールの冒頭である。あとになって本人から聞いたことだが、これは彼が受け取った中で一番最初のノーベル賞お祝いメールだったらしい。
その日、私は研究室から自宅に戻り、晩ご飯までの間、自宅のパソコンで少し作業をしていた。18:32ごろ、研究室Slackの雑談チャンネルに「おーmicroRNA!!!」という文字が流れる。すかさずノーベル財団のホームページを確認すると、なじみのある二人の顔が並んでいた。本当に良かった。そしてようやくこの日が来たか! というのがその時の率直な感想だった。美喜子さんも書いておられたが、その後、私の携帯には各新聞社から次々に電話が掛かってきた。その都度、セントラルドグマの説明からmicroRNA発見の意義までお話することになり、結局晩ご飯にありつけたのは22時ごろになってからだった。
Gary RuvkunもVictor Ambrosも、傑出した科学者であると同時に、非常に素晴らしい人格の持ち主である。Gary Ruvkunについては、最近関連学会等でお見かけする機会が少なく、私自身も昔何度かお会いしたことがある程度であるが、ユーモアにあふれるとてもフレンドリーな方という印象である。実際、ノーベル賞受賞の知らせを聞いた直後にも地元のアイスクリームトラックを手伝う様子が動画で公開されており、彼をよく知る人々は “It’s so Gary!” と口を揃えていた。
一方、Victor Ambrosについては、RNAサイレンシング関連の学会で会うことが多く、今年だけも2回顔を合わせている。1度目は6月末、ちょうど日本RNA学会と同じ時期にUMass Chan Medical Schoolで開催された6th Annual RNA Therapeutics Conferenceであった。Victorは、ギターが趣味で、演奏だけではなく自分で1からギターを作ってしまうすごい人である。ジャズギタリストであるパットメセニーの大ファンであり、この時もDream Boxと書かれたメセニーのツアーTシャツに身を包んでいた。
私にとっては約10年ぶりのUMass訪問であったが、キャンパスはますます拡大し、新しいビルが建ち並んでいた。そして学会会場には、Victor Ambrosだけではなく、1998年にRNAiの発見によってノーベル賞を受賞したCraig Mello (Victor Ambrosの元学生でもある)、私のポスドク時代の恩師でありRNAi創薬のパイオニアAlnylamの創業者でもあるPhil Zamore、もとDharmaconでRNAiの実用化に大きな功績を果たしたAnastasia Khvorova、piRNA研究の大御所Bill Theuerkauf、RNAi/CRISPR研究で著名なEric Sontheimerらが、同じ組織の同僚としてごく普通に一堂に会している様子はまさに圧巻であった。その時なぜか、microRNAやRNA修飾の研究で有名なRichard Gregoryもそこに居たのだが、どうやらChairとしてUMassに移ることになったらしい。(そしてその日は、Keynote Speakerとして2020年にCRISPRの発見でノーベル賞を受賞したJennifer Doudnaの姿もあった。) 最近、UMass Chan Medical SchoolのChancellorであるMichael Collinsと何度かお話する機会があったが、大学全体としてRNA研究、特に基礎研究を戦略的かつ強力に推し進めており、それによって研究面だけではなく大学運営の面でも大成功につながっているというのは、うらやましい限りである。
今年2度目にVictor Ambrosに会ったのは、8月にデンマークで開催されたThe Argonautes 2024である (添付ポスター)。世界中から「AGO好き」の研究者が集まるこの会は、どのトークも気が抜けない緊張感と同時に、実家に帰ってきたような安心感がある。(なお、世界中の「PIWI好き」が集まる会も別途開催されている。) この会は、希少疾患であるArgonaute症候群の患者団体と共催されるのが恒例であり、今回もヨーロッパとアメリカから、患者のお子さん達とその親御さん達が参加されていた。
AGO遺伝子の変異によって引き起こされるArgonaute症候群は、2020年に報告されたばかりの非常に新しい疾患であり、幼児期から広範囲の神経発達障害が見られるのが特徴である。日本でも症例報告は存在しており、診断されていない潜在的な患者数は相当数にのぼる可能性がある。おそらくmicroRNAの機能がわずかに、しかし全体的に不全になっているものと考えられるが、変異箇所がAGO遺伝子全体に散在していることもあり(今のところAGO1, 2, 3で報告例がある)、病態の理解や治療法の開発が難しいというのが現状である。自分たちがかれこれ20年以上研究対象にしてきた因子が希少疾患に関連しているという事実は、科学者としては非常に興味深く、特に、我々が10年以上前に発表したAGOの系統的変異解析が、臨床の先生方のバイブルになっているという話も伺い(当時はこれが病態の理解に役立つなど想像すらしていなかった)、とても感慨深く感じた。一方で、患者さんやそのご家族と直接お話しする機会も得られたが、時には目の前で親御さんが感極まって涙を流される場面もあり、基礎研究者としての無力感を痛感しつつも、さらに何か貢献できないかと強く感じた。
そんな中、ひときわ積極的に患者団体の方々と交流されていたのがVictor Ambrosであった。Ambrosらは、Argonaute症候群の代表的な変異を導入したモデル線虫をいち早く作製し、遺伝学を駆使して病態の理解を進めようとしている。また、これらのインタビューで彼が述べているように、Argonaute症候群に関連する様々な変異を解析することによって、AGOやmicroRNAの作用機序の基本的な理解につながることも期待される。これを “We can learn from patients” と表現しているところに、Victorの心優しさと謙虚さ、そして科学者としての真摯な姿が象徴されていると感じる。
Victor AmbrosとGary RuvkunによるmicroRNAの発見は、生物学に大きな変革をもたらし、その後の研究に新たな道を開いた。しかし忘れてはならないのは、これが「線虫の発生制御機構を理解したい」という二人の純粋な好奇心から生まれたものだ、ということである。また、UMass Chan Medical SchoolがRNAiとmicroRNAでノーベル賞のダブル受賞という快挙を成し遂げた背景には、基礎研究を最重要視する大学の戦略が存在する。これらの事実から我々が学ぶべきことは、非常に大きいのではないだろうか。