RNAと言えば、セントラルドグマの中心的な役割を担い、また遺伝子発現の様々な過程を制御する因子としての役割に注目しがちですが、生命の起源を担ったかもしれないという、もう一つの側面を忘れてはいけません。RNAはタンパク質に負けず劣らず、複雑な構造をとり、様々な分子を認識する能力を兼ね備え、さらにはリボザイムとして酵素の働きも担います。40億年前の太古の地球において、RNAが生命誕生の鍵を握るという考え方が、RNAワールド仮説です (Gilbert, 1986)。この学会にはRNAワールド仮説の信者が大勢いることでしょう。私もその一人です。証明できないことをサイエンスとしてアプローチするのはなかなか難しいので、普段、RNAと生命の起源について、思いを馳せる機会はあまり多くありません。

先日、東北大学の古川善博先生を中心とし、北海道大学とNASAとの共同研究チームから、隕石からリボースを発見したという、大変興味深い発表がありました (Furukawa et al., 2019)。これまでの研究で、隕石にはアミノ酸や核酸塩基などが含まれることが知られていましたが、今回の報告では、研究グループが独自に開発した分析手法によって2種類の炭素質隕石からリボースを含む複数の糖を検出したとのことです。炭素の同位体分析から、このリボースは地上で生じたものではなく、宇宙空間で形成されたことが明らかになっています。ホルモース反応 (formose reaction) と呼ばれる化学反応で、ホルムアルデヒドから糖が合成できることは知られていましたが、今回の成果は宇宙空間において、非生物的にリボースが生成したことを示した画期的な成果であると言えるでしょう。生命誕生前の地球上でも同様の反応でリボースが生成した可能性はありますが、今回の成果は宇宙で生成したリボースが地球に降り注ぎRNAを生成した可能性を示しています。RNAワールドの信者を増やすにはもってこいの成果ですね。学部の講義ではこの話を盛り込むべく、早速スライドを準備しました。

さらに最近、JAXAの大坪貴文先生のグループは、すばる望遠鏡で観測された彗星のデータを詳細に解析したところ、中赤外領域に多環の芳香族や脂肪族の炭化水素のシグナルを見つけました (Ootsubo et al., 2019)。宇宙空間では、我々が思っている以上に複雑な化学反応が進行し、生命を作る材料が豊富に作られているのかもしれません。こうなると、はやぶさ2が地球に持ち帰るリュウグウの岩石にどんな有機物が見つかるか、いまからワクワクします。もしかしたら、エンケラドスやエウロパには、地球外生命体が本当に存在しているのかもしれません。

この分野における大きな謎の一つに、遺伝暗号の成立問題があります。バクテリアからヒトに至るまで、現存する生命は等しく、共通の普遍暗号表を用いています。もちろん、いくつかの生物やオルガネラでは変則的な遺伝暗号が使われていますが、これは進化的に後から獲得したであろう、ということが推測されています。この事実はすなわち、生命は一つの細胞から発生し、進化したという生物一元説の大きな根拠にもなっています。Carl Woeseは、遺伝暗号が成立した過程では、アミノ酸とそれをコードするRNAの間に、何らかの物理化学的な相互作用があり、立体化学的に決定されたとする立体化学説 (stereochemical theory) を唱えました (Woese, 1967)。実際に、この仮説に基づいてアミノ酸とコドンやアンチコドンとの相互作用が調べられましたが、この仮説を強く指示する決定的な証拠は得られていません。Francis Crickは遺伝暗号がどのように決まったかについて、偶然凍結説 (frozen accident theory) を唱えました (Crick, 1968)。すなわち、現存する生物が共通で使用する遺伝暗号は進化の過程で偶然決まったものであり、そのまま現在まで凍結されたものであるという考え方です。日本でも遺伝暗号成立の謎に果敢に挑戦した方がいらっしゃいます。清水幹夫先生は、tRNAアイデンティティの研究を手掛かりとして、アンチコドンと識別塩基 (discriminator) の4つのヌクレオチドが、それぞれのアミノ酸を認識するポケットを形成するというC4N(Complex of 4 Nucleotides)仮説を唱えました (Shimizu, 1982)。tRNAのアンチコドンと識別塩基は、いわばC4Nの分子化石であり、現存する生物において引き継がれたのではないかという、魅力的な仮説です。私が大学院生の頃、清水先生が、「フェニルアラニンのような大きなアミノ酸は、GAA+Aのプリンからなる大きなC4Nが認識し、グリシンのような小さなアミノ酸はCCC+Uのピリミジンが構成する小さなC4Nが認識する。」と例を挙げてわかりやすく説明くださったのが、とても印象深く、記憶に残っています。未だに決着のついていない遺伝暗号成立の謎は、今後も色あせることなく、私たちを魅了し続けることでしょう。

ドラえもんの第5巻に「地球セット」なるものが登場します (藤子F不二雄, 1974)。宇宙空間にガスと塵がだんだんと集まり灼熱の地球が誕生、火山活動が終わって大雨が降る、海と陸地がわかれ、地球が少しずつ冷える。無機物から有機物が生まれ、単純な生命が誕生し、より複雑な生命へと進化する。小学生の私はこの話に衝撃を受け、大変興奮しました。RNAが生命誕生の鍵を握ったのかどうか、それを証明するためには、生命のin vitro再構成をするしかない、かもしれませんね。

文献

Gilbert, W. (1986). Origin of life: The RNA world. Nature 319, 618.

Furukawa, Y., Chikaraishi, Y., Ohkouchi, N., Ogawa, N.O., Glavin, D.P., Dworkin, J.P., Abe, C., and Nakamura, T. (2019). Extraterrestrial ribose and other sugars in primitive meteorites. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America.

Ootsubo, T., Kawakita, H., Shinnaka, Y., Watanabe, J., and Honda, M. (2019). Unidentified infrared emission features in mid-infrared spectrum of comet 21P/Giacobini-Zinner. Icarus 338, 113450.

Woese, C.R. (1967). The Genetic Code (Harper & Row, New York ).

Crick, F.H. (1968). The origin of the genetic code. Journal of molecular biology 38, 367-379.

Shimizu, M. (1982). Molecular basis for the genetic code. Journal of molecular evolution 18, 297-303.

藤子F不二雄 (1974). 地球製造法, ドラえもん第5巻 (小学館てんとう虫コミックス).

図1
図:アンドロメダ銀河
私たちの銀河系と同じように、この中のどこかの星で生命が誕生し、私たちのような文明が誕生していることでしょう。(撮影者:鈴木雄大、撮影場所:裏磐梯)