この4月に慶應義塾大学塩見研究室から情報・システム研究機構国立遺伝学研究所(以後、遺伝研)に異動しラボを持つことになりました。この地でラボを立ち上げて何事かを成し遂げねばと決意しているわけですが、何事かを為すには、孫子の教えでは「天の時」「地の利」「人の和」が必須だという言葉がありますので、この3つの観点から独立までの活動と独立後のラボの紹介をしていきたいと思います。
「天の時」はコントロールできない
独立する際は世の中の研究動向や自身の研究の進み具合など、色々なタイミングを見極めてからと思い、「天の時」を自分でコントロールしようと思っていました。しかし、応募したところからの返事が続々とハガキや定型メールで届く(つまり残念ながら〜という文言)ようになると、タイミングがどうとか贅沢は言えなくなりました。そもそも求人も少ないですし。そこで、「天の時」をコントロールするのは止めて、独立のチャンスをもらえたときが「天の時」と考え、どんどん応募することにしました。RNAi研究の歴史は約20年ですが、僕がこの業界に参入してから多くの研究者が独立していきました。東大の泊さんを皮切りに、塩見研出身の岡村さんもシンガポールで独立されましたし、Aravin, Julius, 桐野さん、など、学会で話していた方々が新しいことをするために独立していくのを横目に、応募書類を書いては送って、ということをしていました。今年の日本RNA学会のパネルディスカッションでもありましたが、応募することが大事だと中川さんがお話していましたが、まさにその通りだと思います。結局、活動から3年以上経過して独立する機会を得たわけですが、3年前と今とではpiRNAの研究状況がガラっと変わったという印象です。どう変わったかというと、1つの論文に必要なデータ量が膨大になってきており、小さなラボは焦点を絞らざるを得ない、という印象です。このような状況で独立したてのラボが生き残るには、小さな投資で大きな発見をしなければならないわけですが、おそらく新しい領域を開拓せよという「天の声」なのかもしれません。
「地の利」に恵まれる
遺伝研に来て半年ほど経過しましたが、ここに来て感じたとても良いところは、学生から職員まで、皆が研究を心底楽しんでいるということです。遺伝研では研究に情熱を持った少し変わった人が好まれます。かつて、アイスバケツとサンプルを持ち実験しながら教授会に出席していた方(教授)がいたそうです(真偽のほどを探りましたが、どうやら事実のようでin situハイブリダイゼーション関連の実験をしていたそうです)。こういう雰囲気があると、やはり周りの学生もそれに引っ張られるのか、夜中まで実験する学生も多いですし、内部の研究会では活発な議論が展開されます。
さて、このような遺伝研ですが、実は私はその存在自体、学部生時代は全く知らず、大学院時代もあまり知らず、ポスドクになった頃は、良い研究をしているラボが多いな、といった漠然とした印象しか持ってなかったものでした。まさか自分のラボの旗上げが遺伝研になるとは予想もしていませんでした。ただ、着任してから色々な方々とお話している間に、遺伝研の研究がとても自分に近かった、ということを遅ればせながら学びました。例えば私は学部時代にtRNAに関する研究を行っており(会報参照)、その際、遺伝研分子遺伝部門を設立した三浦謹一郎先生が招待され、初めて外部研究者との交流を得ることになりました。更に、現在RNA学会会報で連載している古市先生も三浦先生とともに遺伝研でご活躍されています(詳しくは連載を参照いただきたいと思います)。このようにCap構造というRNA研究の歴史においてとても重要な発見の場となった遺伝研に所属できたのは、とても幸運なことだと思います。
地の利に関してもう一つ挙げるとすると、遺伝研は静岡県三島市にあり、新幹線の停車駅がある便利なところです。東京までこだまで約1時間、ひかりだと45分程度という距離なので、都心から、もしくは都心への通勤圏内となっています。したがって、東京であるセミナーやシンポジウムに日帰りで参加するということも可能な距離で情報を集めるには有利な場所だと感じています。また、富士山に近いので、日々変わる富士山の姿を眺めると良い気分転換になります。
「人の利」に恵まれ、更に拡大を
遺伝研は共同研究・共同利用機関として国内の研究機関との密な連携をとっているという特徴があります。私のラボの前任者(上田龍教授)は、ショウジョウバエのRNAiライブラリー系統を日本で立ち上げ、ショウジョウバエリソースの保存、提供という役割を担っていました。私はそのラボの後任ですので、リソース事業に関わる人(21名)とハエ(2万系統以上)を同時に受け継ぐことになりました。これまで所属した塩見研でも20名を越えることがなかなか無かったので、ずいぶん賑やかなスタートとなりました。ショウジョウバエリソースの提供という重責もありますが、そのおかげで実験に習熟した良い人材とハエを得られたのはとても幸運なことだと思います。ハエのエサ替えのスピードやインジェクションの効率は神レベルです。これを生かさない手はないので、何か新しいRNAが関わる分子経路を見つけることができたら、ゲノムワイドスクリーニングへと展開したいと思っています。また、経路の全貌を明らかにする一方で、その経路を基にした新しいハエリソースの確立も目指す予定です。
このような研究を展開するには新しい人材が必須なわけですが、遺伝研では総合研究大学院大学生命科学研究科遺伝学専攻という5年一貫の博士過程があり、学生の受け入れが可能です。「人の利」は私がもっとも重視するところですが、幸運にも来年度に1名第1期生が入ってくることになりました。まだまだ学生の受け入れが可能(8月と2月に試験があります)ですので、私の研究室のホームページ(http://ksaitolab.org)を見ていただき興味があればご連絡いただけると嬉しいです(ポスドクも受け入れ可能です)。写真を見ていただくとわかりますが、ラボに伝統がある分、机や建物にも歴史を感じさせるものがありました(写真1)。しかし、4月から改装を始めており10月には終了する予定です(写真2、3)。伝統も生かしつつ新しい環境で研究できると思いますので是非私のラボの「人の利」の充実にご協力お願いいたします(写真4)。
写真1: ラボで見つけた歴史を感じさせる表示板。
写真2、3: 改装後のデスクと実験室
写真4: 器用な人(本格的なケーキを作れる人)など人材豊富です。良い研究を展開できる仲間を募っています。