はじめに

斎藤和紀と申します。 2015 年 5 月より、アメリカ合衆国のボルチモアにあるジョンズ・ホプキンズ大学のレイチェル・グリーン教授の研究室で細菌の翻訳機構の研究をしています。大学院では東京大学医科学研究所の中村義一教授の研究室に所属し、伊藤耕一先生の指導のもとで真核生物の翻訳を研究していました。伊藤耕一先生の東京大学新領域創成科学研究科教授への就任にもお供させていただき、長いことお世話になっていました。留学前から全くメジャーではなく、留学してからも注目されるような論文がでていない状況で、なぜ私に白羽の矢が立ったのか不思議です。もっぱら伊藤教授やグリーン教授のネームバリューだと思っています。グリーン研に来る前には、私も多くの体験談を読んで参考にさせていただきました。色々な方にこの寄稿を楽しんでいただければと思っていますが、特にこれから留学することを考えている方の参考になればと思っています。

留学までの経緯

私が留学を意識したのは、学部 4 年生のときに東京理科大学薬学部の田沼晴一教授、塩川大介先生のもとで卒業研究を始めた時に、研究は世界で共通の手法をつかい、共通の言語をつかう人類規模の活動で、世界中のどこにでもいけるんだ、っと思った時でした。もし研究を続けていくことになったら、いつかは絶対に海外で研究をするとひっそり決心していました。その後、研究の浮き沈み、進路の悩み、プロジェクトが想定よりも長くかかるなど、なんともありがちな状況を経て実際に留学するまでに 10 年が経ちました。

このプロジェクトの後は留学しようと具体的に決めた頃は、研究の展望や留学先を、まさしく妄想レベルで想像を巡らしていました。本当の意味でのラボ選択が始まったのは、 RNA 学会年会でそれら妄想を語っていた際に「フツ~wwww。って言うか、これまでの仕事が全然活かされていないから、新しいラボに行っても全く使い物にならないじゃんwwww。」とぶった切られてからです。それを機会に、当時の研究を分野と技術に分けて、どちらか一方を当時の研究と近いままにして、もう一方を大きく変える方針で今後の展望を絞り込んでいきました。留学の方向性が決まってからは、ポスドクを募集しているかは意識せずに、意中の PI にカバーレターを兼ねた面接依頼のメールを CV を添付して送っていきました。意中の PI の一人が私も参加するドイツでのミーティングに来るとのことで、学会会場で面接をしたら「最近独立した僕の元ポスドクに連絡するべきだよ」と遠回しながらきっちりとフラれたりしました。グリーン研のラボがあるボルチモアは治安が悪いから止めたほうが良いとの忠告を受けたことでの心変わりもありました。そんな紆余曲折を経ながら最終的にグリーン教授と Skype での面接をして採用されることになりました。

Skype 面接は一時間ほどでした。まずそれまでの研究を発表しました。プレゼン自体は 15 分前後で終わるものを用意して、途中で質問が入ってきたのでトータルで 30 分ほどかかりました。発表のあとは、グリーン教授の研究室でやってみたい研究を 15 分ほど話しました。(現在は全然違いことしています)。その後、当時グリーン教授のラボでの進行中の研究を 15 分ほど説明してもらい面接が終わりました。今後の研究計画の議論が採用に大きく影響していたと思っています。と言うのも、その議論中に “you seem like a very motivated guy” と 3 回ほど言われ、そのたびに感触がよくなったからです。熱意がポイントだったようです。ポスドクの採用は PI の裁量が大きいので、何がウケるかはわからないものだなと思います。

私はグリーン研に直接訪問することなく Skype で採用されましたが、こちらに来てから何度かポスドク候補の面接がありました。面接はほぼ 1 日がかりです。朝からラボメンバーに向けての 1 時間程度のプレゼンをして、その後はグリーン教授およびラボメンバー全員とディスカッションします。最後にグリーン教授とラボメンバーとのディナーがあります。これはアメリカでの平均的なポスドクの面接のようです。今後アメリカに面接しに行かれる方がいたら、丸一日の長期戦になるかもしれないので頑張ってください。

グリーン研について

さて、グリーン研に来て早くも2年が経ちました。完璧な研究室など存在せず、当然ながら不安やストレスを抱えことは多々ありますが、研究の自由度、潤沢な資金、優秀なメンバー、さらに広いネットワークなどもあり、グリーン研と同等はあっても、それよりも上のポスドク先はないと思っています。

グリーン教授の研究はなんといっても”リボソーム”です。しかし、翻訳開始、伸長、終結、品質管理機構などの多数の現象が研究テーマになっています。生物種に関しても細菌、酵母、哺乳類が扱われており、解析手法も生化学、遺伝学、ディープシークエンサー、一分子解析と手広いです。所属しているメンバーで共通しているキーワードは大袈裟に言えばリボソームのみで、あとはバラバラです。 潤沢な資金にものを言わせつつ、学生やポスドクの自立性を尊重するグリーン教授のスタンスも合わさって、さらなる拡大傾向です。私自身も “give me the money, get out of my way” とまではいきませんが、自由にやらせてもらっています。(https://www.janelia.org/janelia-philosophy の 4:50 辺り。)

私は、細菌を扱っているメンバーが少なかったので、細菌での翻訳を研究することになりました。”リボソーム”と”細菌”が必須キーワードで、あとは自由です。留学前から絶対にやると決めていたリボソームプロファイリングなどのディープシークエンサーを使った解析を主軸に色々と試してみました。幾つかのテーマは回り始め、スクープされることがなければ、論文になると思える段階まではなんとかたどり着けています。(スクープの心配がなければ誰でもそうだよ!って言われそうですが・・・。)また、内在性遺伝子を網羅的に解析対象にするディープシークエンサーでの解析と対をなすような手法でも現在の研究テーマ中を掘り下げてみたいと思い、研究計画を立て、その手法の専門家との共同研究までは持ち込めましが、そこからはかなり足掻いています。こちらも日の目を見ることになるように、しっかりと育てていきたいと思っています。

グリーン研には現在 13 人のメンバーがいます。外国籍(非アメリカ国籍)の割合が多い傾向にあるアメリカの研究室にしては珍しく、グリーン研の外国籍メンバーは私も入れて 2 人しかいません。しかし、アメリカ国籍は持っているけれど、アメリカ以外で生まれたメンバーや両親が移民のメンバーは数名おり、やはり国際色は豊かです。学生メンバーも優秀ですが、やっぱりポスドクの皆はさらに数段上といった感じです。ポスドクの能力の方向性、研究課題の嗜好にしっかりと個性があり、話していると色々と発見があってすごく面白いです。人が多いと切磋琢磨できるのはいい点になりますが、ラボがある程度大きいため人間関係は時として複雑です。ただ人間関係の問題はどこでもあったかなと思っています。むしろ、中村研の個性豊かさはグリーン研なんて目じゃなかったので、当時を思い出してみると今は結構平和なのかもしれません。

ちなみに、グリーン研があるボルチモアはその治安で悪名高いかもしれません。統計上では、間違いなく全米トップクラスの最恐都市の一つだと思います。ただ、その統計結果はボルチモアにある色々な地域の平均値でしかないというのが実感です。事実、高級住宅街(これは日本にもある)とスラム(日本ではありえない)がボルチモアに存在しています。そして、どちらにも縁のない私は治安を気にすることなく生活しています。しかし、この原稿執筆を機会に思い出してみると、ボルチモアに来る一週間前に暴動が起きたり、ラボの学生やポスドクがカツアゲされたり、ポスドクの家に泥棒に入ってこられたりと、実際に危ないことが身近で起きていますね・・・。でも、ボルチモア特有のレンガ造りの長屋がならんだ、突き抜けるように真っ直ぐに伸びた並木通りを歩いていると、どうしようもなくボルチモアが愛しくなります。

アメリカ留学について

グリーン研は恵まれていると感じていますが、同時に研究者個人が向き合うべきことは基本的に日本と変わらないと感じています。調べて、考えて、試しての繰り返しを、人と相談や協力しながらもメンバーそれぞれが個人の力で進めています。メンバー全員が度重なる失敗、不安、孤独、そして一時の成功、歓喜、安堵を感じながら、そして私も日本にいた頃と変わらずにそれらを感じながら、少しずつ前進しています。日本で必要だったスキルがそのまま必要で、ギリギリって感じですがそのまま通用しています。研究は世界共通の活動であり、やっぱり世界のどこにでも行けるんだと、研究を始めた当初に感じたことを再認識しました。しかし逆に言えば、どこにいても変わらないんだなっと思うこともできました。

基本的な部分は確かに変わりませんが、日本にはなかった、また日本と比較したさいに感じるアメリカのポスドク環境の魅力も沢山ありますので、いくつか挙げてみます。

・多数のポスドク

少なくとも自分のいた環境から比較すると、日本よりもアメリカの方が圧倒的にポスドクが多いです。日本でポスドクをしていた頃は、自分のラボにも周りのラボにもポスドクが少なく、同格の人間と切磋琢磨することがあまりできませんでした。また、自分の能力を推し量れていないもどかしさもありました。ホプキンスに来てからは、自分と同等、自分のより上のポスドクが同じ環境にいて、凄く刺激的です。そして、推し量った自分の実力のほどは・・・。

・優秀な院生

アメリカの大学院生は非常に優秀です。とは言っても、あくまでも大学院入学当初はですが。学位を取る頃になると、アメリカでも日本でも優秀な院生に違いはないです。というのも、 2 ~ 3 年の研究経験がないとアメリカの大学院にはほぼ合格できないので、日本での修士修了者と同レベルの人達がやっと大学院入学できる感じです。多くの院生は、学部 1 年生や 2 年生くらいから研究室に所属して経験を積んできています。また、学部時代にそのような経験をしなかった人達は、学部卒業後にテクニシャンとして 2 年ほど働いてから、大学院に入学してきます。学費も給料も PI のグラントから払われるため、大学院生も戦力として見られているので入学時からそこそこのレベルが求められるのだと思います。

・研究だけやっていればいい環境

日本では、研究室内の掃除やらゴミ捨て、メスシリンダーなどの容器の洗浄、蛍光灯の交換などは研究室に所属している学生やポスドクがしていました。アメリカでは部署ごとで雇っているそれぞれの専門職員がいるので、学生やポスドクは研究だけしています。ほぼ同じ給料ながら、日本のポスドクはアメリカで言うところのポスドクに加えて清掃員、洗浄員、整備員などの掛け持ちなんだなと思うと、アメリカの方がポスドクの市場価値が高いと思います。立場をかえると、それだけ大学に科研費が吸い取られているので、研究効率はあがるけど必要経費が増えるので PI には良いのかわかりません。それに、それぞれの専門職員の方々のバックグラウンドが偏っていると勝手に想像して、アメリカ社会の闇を感じています。しかし・・・このシステムはポスドクからするとすっご~く楽チンです。

・研究室内、研究室間のオープンな雰囲気

ホプキンズでは、まずドアがオープンです。研究室と廊下のドアも完全オープンです。教授室も Skype など外からの音を遮断したいとき以外は完全オープンです。そして、ラボ間のコミュニケーションもオープンです。コミュニケーションを促すのイベントが沢山あります。研究発表や論文紹介などの集まりが多いときでは毎週あり、タダ昼食が出てきます。(グラントから徴収したお金だと思います。) ポスドクだけの昼食会もあり、やっぱりタダ飯を食べながら議論しています。(グラントから徴収したお金だと思います。) Happy Hour と称した軽い飲み会もあります。もちろんタダ酒です。(グラントから徴収したお金だと思います。) このようなイベントのおかげでラボを超えた一体感があり、新しいことを始めたり、苦戦していることがあれば、それを専門的にやっている研究室に気軽に相談しにいける雰囲気です。さらに、実験装置の貸し借りがオープンです。装置によっては持っている研究室に確認すらせず、当たり前のように使っています。

・サイエンスへの幅広い興味

セミナーやシンポジウムが沢山あるのですが、教授から学生まで多くの人が幅広く聞きに行きます。会場が埋め尽くされることも多々あります。質問もバンバンしています。発表が終わった後は、専門分野以外でも熱く議論しています。自分の分野との関連性に関係なく、新しい発見、新しい技術にみんなが興味深々で、サイエンスってカッコイイ!って思うことが許される環境です。ちなみに、「アメリカではセミナーがいっぱいあるから論文を読まなくていい」って聞きましたが半分は嘘でした。確かにセミナーないっぱいありますが、やっぱり論文は読む必要があります。

おわりに

留学前に持つ期待と不安は、留学中についてと留学後について、別の言い方するとポスドク中についてとポスドク後についてに分かれると思います。2 年が過ぎた今、ポスドク中についての期待と不安に対しては、アメリカに来て、というよりはグリーン教授の研究室に来て良かったと答えられそうです。もちろん、いまだに不安要素はあり、不満も多々あります。(実際の研究と関係ないことも多い気がしますが・・・。)ポスドク後については当然まだ不安であり、同時に期待も持てています。これもまた留学の醍醐味なのかもしれません。

留学の成果がまだでていない私が留学を勧めることはできません。留学は目的ではなく手段であるべきだと思います。また、研究するうえで大事なのは国、大学よりもラボだと思います。ただ、各分野の優秀なラボが海外に多いのも事実だと思えば、ポスドクとしてレベルの高い研究を目指すなら国内の優秀なラボを視野に入れつつも、海外を意識するのも当然だと思っています。そういう意識を持った先輩・同輩・後輩が日本の RNA 研究をさらに熱くしてくれることを期待しています。自分もその一翼を担えればと思い、この次は論文で皆様の目にとまれるように日々精進しています。


図1 自宅から見えるボルチモアの景色


図2 ベンチとデスク


図3 3研究室合同ホリデー・パーティー


図4 某教授にポスドク採用を断られたEMBLハイデルベルクにグリーン研のメンバーとして再訪