渡邊公綱さん、私より10年も若くして、亡くなられてしまい、悲しく、寂しいとともに、本当に残念でなりません。渡邊さんの先生であられた今堀和友先生、三浦謹一郎も亡くなられてしまい、それゆえ、私が渡邊さんの先輩、友人として、一言述べさせていただきます。

 渡邊さんとのお付き合いが始まったのは、今から50年前、渡辺さんが大島泰郎さんが発見した高度好熱菌tRNAの解析をするため、国立がんセンター研究所に来られた時からでした。この研究で、渡邊さんは高度好熱菌tRNAは、TΨCG 領域のT(リボチミジン)が新規修飾ヌクレオチド、5-メチル-2-チオウリジンに置換していることを発見し、また好熱菌の培養温度を上げると、その量が温度に比例して増大し、しかも5-メチル-2-チオウリジンを含むtRNAはTmが上がることを明らかにしました。この結果は5-メチル-2-チオウリジンが高度好熱菌の高温への耐性に関与していることを示したもので、tRNA研究の早い時期に、修飾ヌクレオシドがtRNAの生理的機能に関わっていることを明らかにした画期的な成果でした。それ以来渡邊さんとの長いおつきあいが始まりましたが、これも渡邊さんが上司に言われて国立がんセンターに来たのではなく、御本人の意思だったことです。当時の自由な研究環境を示すものです。

 その後の渡邊さんの業績は数え切れませんが、その中でも特筆されるのは、東大工学部の教授になられた時からのミトコンドリアtRNAの研究です。考えも及ばないほどの大量の牛の肝臓、おそらく100キログラム以上を処理して、ミトコンドリアを分離し、その構造と機能を明らかにしました。英国のCambridgeグループのそれまでの研究はミトコンドリアtRNAの塩基配列を示すだけで、渡邊さんのグループの研究によって、初めてミトコンドリアtRNAの実体が解明されたと言えます。まさにこの分野の研究を切り開くものでした。その中でも特に重要な成果は、ミトコンドリアtRNAの特異な遺伝情報認識に、修飾ヌクレオシドが極めて重要な役割を果たしていること、またタウリンを含んだ新規修飾ヌクレオシドを発見し、それがミトコンドリアの機能に必須であること、ミトコンドリアの変異による、遺伝的な病気にはtRNA中のタウリン生合成の欠損が関わっていることを明らかにしたことです。

 渡邊さんは大学でのスタッフ、学生さんの指導に当たるとともに、日本RNA学会の設立に関わり、当該学会の会長を務められ、また文部科学省のRNA研究の特定研究の班長をとして、日本のRNA研究全般の推進に貢献されました。

 ただ私の私見を述べさせていただくと、渡邊さんは、自分自身で実瞼、研究することを第一に考えられておられたのではと思います。まさに渡邊さんの先生の三浦謹一郎先生の、生涯現役のスタンスを貫かれました。

 毎年、夏に岡田典弘さんの軽井沢の別荘で泊まりがけで、渡邊さん、岡田さん、弘前の武藤さんとお互いの研究を語ったのは懐かしい思い出です。この研究会で、武藤さんが提案したテーマ、マイコプラズマのAUA認識イソロイシンtRNAの研究が、東大工学部、鈴木勉教授らとの共同研究によって発展しました。また、別荘で、奥様、真由美様と親しくお付き合いできたのも、望外の喜びでした。

 惜しむらくは、渡邊さん、渡邊さんの業績がもっと形に現れる姿で、日本で評価されたらと、思う次第です。そんなことはどうでも良い、渡邊さんの生涯の生き様が、ご家族、同僚、特に渡辺さんが育てられた多数のお弟子さんによって受け継がれ、今後の日本の生命科学研究の発展にインパクトを与えることで、それは確実であると確信しています。

筑波大学
生命科学動物資源センター
客員研究員

西村暹

(注:本稿は渡邊公綱さんの告別式の際に、弔辞として読ませていただいたものを修正した。)