渡邊さんのご逝去は、まさに寝耳に水で、無念としか言いようがありません。

 長年にわたり、研究面でも、個人的にも親しくお付き合いをさせていただきました。ここ2、3年の賀状には、体調不良をのべておられましたが、研究面ではまだ活躍しているとのことでした。しかし、昨年の賀状では、研究のほうもままならないと書かれていて、心配をしていましたが、その数ヶ月後、このような訃報に接するとは思ってもいませんでした。

 渡邊さんの研究グループとは、長年にわたり、共同研究をさせて頂き、数えてみたら共著(3編のREVIEWSをふくむ)が9編にのぼり(文献リスト)、その上、私の退官の時期に書いたEvolution of the genetic code (Oxford)の翻訳までして頂きました。この本にかんしては、渡邊さんから、既発表、未発表の多数のデータの提供を受け、内容についても、多くの示唆をいただきました。その折、渡邊さんは「折角これから面白くなるところなのに私が遺伝暗号の研究を打ち切るのはおしい、何とかならないか」との電話をもらいました。私は事情を話し、渡邊さんに了解をしてもらいました。

 渡邊さんは、その後、東大、渡邊研の共同研究者と精力的にミトコンドリアの遺伝暗号、蛋白合成の機構などの研究を進められ、多大の成果をあげられました。それらの大部分は第1図にあるようなProc Japan Acad., Ser B. に出された不朽の大論文となって出版されたが、さぞかし、最後の力を振り絞って書かれたのであろうと想像しています。この論文は一冊の雑誌を「貸し切り」の28ページの大作で、論文の図の一つが同誌の表紙を飾っています。


図1

 渡邊さんの思い出は、数限りなくあり、私どもの研究に直接貴重な示唆を直接、または電話でいただきましたし、私も渡邊さんがいろいろな問題を抱えておられたときには、しばしば上京して、長々と話し込んだことが数回ありました。広島には確か奥様の家があるとのことで、来広の際には、小生宅をお尋ねくださり、歓談したことが思い出されます。

 まだまだあの続きをやりたかったのがうかがえますが、それもならず、さぞかし心残りだったろうと思います。あとに続く若い後継者のみなさまが、渡邊さんの意志をひきつぎ、ますますの研究のご発展を祈っています。


(共著論文リスト)

1. Osawa, S., Ohama, T., Jukes, T.H, Watanabe, K.: Evolution of mitochondrial genetic code I. Origin of AGR serine as stop codons in metazoan mitochondria. J. Mol. Evol., 29: 202-207, 1989

2. Osawa, S. Ohama, T., Jukes, T.H., Watanabe, K., Yokoyama, S. : Evolution of genetic code II. Reassignment of codon AUA from isoleucine to methionine. J. Mol. Evol., 29: 372-380, 1989

3. Ohama, T., Osawa, S., Watanabe, K., Jukes, T.H. : Evolution of the mitochondrial genetic code IV. AAA as an asparagin codon. J. Mol. Evol., 30: 329-332, 1990

4. Yokogawa, T., Suzuki, T., Ueda, T., Mori, M., Ohama,T., Kuchino, Y., Yosihinari, S., Motoki, S., Nishikawa, K., Osawa, S., Watanabe, K. : Serine tRNA for translation of non-universal codon CUG in Candida cylindracea: Evolutonary implications. Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 89-7408-7411, 1992

5. Osawa, S., Jukes,T.H., Watanabe, K., Muto, A.: Recent evidence for evolution of the genetic code. Microbiol. Rev., 56: 229-264, 1992

6. Suzuki, T., Ueda, T, Ohama,T., Osawa, S., Watanabe, K. : The gene for serine tRNA having anticodon sequence CAG in a pathogenic yeast, Candida albicans. Nucleic Acids Res., 21: 356, 1993

7. Ohama, T., Suzuki, T., Mori, M., Osawa, S., Ueda,T., Watanabe, K. : Non-universal decoding of the leucine CUG in several Candida species. Nucleic Acids Res., 21:4039-4045, 1993

8. Watanabe, K., Ueda, T., Yokogawa, T., Suzuki, T., Nishikawa, K., Mori, M., Ohama, T., Nakabayashi, H., Nakase, T., Osawa, S. : Molecular mechanism of the genetic code variations found in Candida species and its implications in evolution of the genetic code. In K. H. Nirehaus ed., The translational apparatus; pp. 647-656, Plenum Press, H.Y. 1993

9. Watanabe, K., Osawa, S.: tRNA sequences and variation in the genetic code. In “tRNA: Structure, Biosynthesis, and Function”. Soll, D. & RajBhandary, U.L. ed., pp. 225-250, ASM press,Washington, D.C. 1994