日本RNA学会会員の皆さんこんにちは、上智大学の近藤次郎と申します。この度、平成27年度科学技術分野の文部科学大臣表彰・若手科学者賞を「分子スイッチ機能をもつノンコーディング核酸の構造研究」という内容で頂きました。今回、この受賞によせて日本RNA学会会報に寄稿させていただく機会を頂きましたので、自己紹介を兼ねまして私の研究内容についてお話したいと思います。

私はこれまで一貫して、核酸分子に焦点を当てたX線結晶解析による構造研究に取り組んできました。東京工業大学の竹中章郎先生に師事した大学院時代(1999~2004年)に始まり、その後フランス・ストラスブール大学のEric Westhof先生の研究室での6年間のポスドク時代(2004~2010年)を経て、上智大学に赴任して今年度で6年目を迎えましたが、この間、RNA研究と構造生物学研究は時を同じくして急速に発展してきた、という印象を持っています。近年のRNA研究の進展については釈迦に説法ですので割愛しますが、X線結晶解析を用いた構造生物学研究については馴染みのない方もいらっしゃると思いますので、自分自身の経験も交えてお話したいと思います。

X線結晶解析では、①構造を見たい分子の単結晶を作る、②単結晶にX線を当てて回折データを測定する、③データを解析して立体構造を見る、という大きく分けて3つのステップがありますが、まず①がとても難しい・・・。タンパク質や核酸などの生体高分子にはそれぞれ個性があって、簡単に結晶になってくれる聞き分けの良い子もいれば、何をやっても結晶になってくれない頑固者もいたり、場合によっては諦めかけた半年後くらいに結晶になったり、春にしか結晶になってくれないようなひねくれ者もいたりします。ですので、数十~数百の結晶化条件を試してたった1つの条件で結晶が得られる、というのも珍しい話ではありません。つぎに②ですが、単結晶にX線を当てれば必ず回折データが得られるかといえばそうではなく、人間の立場から見れば「綺麗」に見える単結晶でも、分子の立場から見れば「汚い(結晶中の分子の並び方がよくない)」場合もあって、そのような結晶からは回折データが得られません。③についても同様で、首尾よくX線回折データが得られても、構造が解けないということはよくあります。このような問題の一部は、結晶化ロボットの導入(高価なので私は持っていませんが)や、放射光X線の高輝度化とX線検出器の改良による回折実験の高速化などの技術の進歩によって大幅に改善されてきています。皆さんもご存知のように、巨大なリボソームですら結晶構造が解析され、2009年にノーベル化学賞が授与されています。それでも、「苦労して1つの結晶構造を解析して、その立体構造から分子の働きについて考察する」というのが一般的な構造生物学研究であるという状況には変わりありません。

タンパク質は正確にフォールディングされて単一の立体構造をとることで特定の機能をもつ分子なので、多くの場合は「形」=「働き」という等式がほぼ成り立ちます。しかし、ノンコーディング核酸のように生命現象のON/OFFを制御するような働きをもつ分子の場合は、その「形」だけではなく「動き」も見なければならないのではないか、とずっと気になっていました。つまり「はさみ」という道具がチョキチョキと動く様子を見て「切る」という働きを理解できるように、ノンコーディング核酸もカチカチと動く様子を見ることで初めて本来の働きを理解できるのではないかと。例えば、様々な種類のリボスイッチの結晶構造がこの10年ほどで報告されましたが、それらはいずれもスイッチのONまたはOFFの片方の状態で止まった構造なのであって、どのように構造をスイッチングさせて働くのか、ということまでは厳密には明らかになっていません。そこで私は、ノンコーディング核酸のさまざまな安定・準安定状態の構造を結晶化(固定化)させてスナップショットを撮影(立体構造を解析)し、それらを計算で正しく繋ぎ合わせれば、パラパラ漫画のように分子の動きを見ることができるのではないか、と考えました。アイデアそのものは単純かもしれませんが、これを実行することが簡単でないことは上述の話からもお判りいただけるかと思います。しかし、竹中先生と開発した核酸分子に特化した結晶化スクリーニング法や、Westhof先生のところで学んだ核酸の分子設計方法を用いることでこの難関を突破し、タンパク質合成のON/OFFを制御するリボソームRNA分子スイッチが動く様子を高分解能で観察することに成功しました。現在もこの研究は継続中で、ある1つのRNA配列についてこれまでに16種類もの異なる結晶構造(スナップショット)を解析することに成功しています。実はこの研究成果を「リボソームAサイト分子スイッチの「動き」=「働き」を探る」というタイトルで始めて発表したのが、2009年に新潟で開催された第11回日本RNA学会年会でした。当時はフランスにいて年会に参加するのも初めてだったのですが、まだひとつの研究として確立できていなかった状況で口頭発表をする機会を頂けたことに感謝しております。

上智大学で生物物理学研究室を立ち上げてから5周年を迎えました。最初は1人の卒研生と一緒に始めた研究室も、あっという間に現役・OB/OG合わせて22人にもなりました。研究室の雰囲気を一言で言えば「にぎやか!」といったところでしょうか。ピペットをあらぬ方向に曲げてしまったり(奇跡的に使いやすくなったので愛用しています)、数万円するサンプルをこぼして袖口に染み込ませたりして(大丈夫、事故さえ起こさなければ)、度々実験室から悲鳴が聞こえてきますが、これからも一番明るく楽しい研究室を目指して頑張っていきます。