名古屋大学
鈴木 洋

 2024年のノーベル生理学・医学賞は、「マイクロRNAとその転写後制御における役割」を発見したVictor Ambros博士とGary Ruvkun博士に贈られることになった。大学院生1年(27歳ごろ)から15年以上マイクロRNA(microRNA, miRNA)の研究に関わってきたものとして、心から、両博士、おめでとう、そして、ありがとう!

マイクロRNAの非対称性の謎を解く

 マイクロRNAの思い出はたくさんあるが、両博士の1993年の2つの論文を読み返して、マイクロRNAの存在、マイクロRNA前駆体の存在、マイクロRNAによる標的RNAの認識(3’UTRを介した制御、部分的な配列相補性、複数の標的サイトの存在)などについて、現在のマイクロRNAの生物学の基本骨格がすでに明確に示されていることに再度気づく。
 私自身のマイクロRNAの研究の話を少しさせていただく。マイクロRNAの生合成経路では、マイクロRNA前駆体(pre-miRNA)がDicerによって切断された後miRNA二本鎖となり、どちらかのRNA鎖がArgonaute(Ago)タンパク質と安定的に結合しマイクロRNAとして機能する。pre-miRNAにおいて5’側にあったmiRNAを5p型,3’側にあったmiRNAを3p型と呼ぶ。最初のマイクロRNAであるlin-4、そして、Ruvkun博士らによって発見された2つ目のマイクロRNAであるlet-7はどちらも5p型であり、現在の視点からみると、そういうマイクロRNAから見つかったのだなという運命のようなものを感じるところでもある(後述)。
 2001年以降、マイクロRNAが遺伝子として非常に多いことがわかり、5p型だけではなく、3p型のマイクロRNAや、5p型と3p型が両方機能するマイクロRNAも存在し、マイクロRNAのRNA鎖選択の比率は千差万別であることが明らかになってきた。この問題をしっかり解いてみたいと思い、2015年に、マイクロRNAのRNA鎖選択の非対称性に関する統合的な考え方を提案している (1)。この論文では、哺乳類のAgoタンパク質がRNA鎖選択に直接的に関係することをいろいろな形で検証しているのだが、実は、その論文の直後に、Ambros博士も、線虫のAgoタンパク質(ALG-1)の変異体を用いて、Agoタンパク質がRNA鎖選択に直接的に関与する論文を発表している (2)。この論文をレフェリーとして読んだときに、一流の研究者のまさにpersistenceというものを感じたことを覚えている。

マイクロRNAと疾患

 マイクロRNAの発現の異常がさまざまな疾患で重要であることは多くの研究で触れられている。マイクロRNAの生合成経路が関係する遺伝的な疾患としては、DICER1症候群(胸膜肺芽腫などのまれな腫瘍を発症する)、最近では、Argonaute症候群(運動機能の発達の遅れなどの神経発達障害を呈する)などが挙げられる。DICER1症候群でみられるDICER1のホットスポット型点突然変異は、前述のlet-7などの5p型マイクロRNAの産生を優先的に抑制し、let-7はがんを抑制するマイクロRNAの代表格である。Ambros博士は、最近、Argonaute症候群でみられるAgoタンパク質の変異の影響を線虫で解析しているし(再度persistence!)(3)、マイクロRNAでよく話題に出る体液のマイクロRNAについての研究もしていたりする(こちらはヒト)(4)。
 タンパク質をコードする遺伝子と比べて、マイクロRNAはその遺伝子自体が短いこともあり、マイクロRNAそのものに変異がおきる疾患はまだあまり知られていない。若年発症型難聴のサブタイプでみられるmiRNA-96の変異、眼科領域のEDICT症候群でみられるmiR-184の変異、骨系統疾患のサブタイプでみられるmiRNA-140の変異などである。骨系統疾患のサブタイプでみられるmiRNA-140の変異は、カロリンスカ研究所のGiedre Grigelioniene博士らが発見したものだが、ちょうど私がマイクロRNAの非対称性に関する論文を発表しMITでマイクロRNAとスーパーエンハンサーの関係を解析していた頃に (5)、マサチューセッツ総合病院の小林竜也博士から共同研究をもちかけていただき、Grigelioniene博士・小林博士・私のチームで論文発表に至っている (6)。今回のノーベル賞のプレスリリースでも、同じゲノムをもった細胞がどのように細胞の種類の多様性を確立しているのかという図が使われているが、マイクロRNAとスーパーエンハンサーは密接に関係しており、細胞の種類に特異的なマイクロRNAの発現パターンはスーパーエンハンサーによってきれいに説明することができる (5)。miRNA-140は軟骨細胞特異的なスーパーエンハンサーによって誘導されるマイクロRNAである。miRNA-140の論文は、Grigelioniene博士がカロリンスカ研究所所属だからというわけではないと思うが、今回のプレスリリースの詳細版で取り上げていただいている。

相補性原理の夢

 私がマイクロRNAの研究を始めたきっかけであり、今もマイクロRNAで一番好きなところは、「マイクロRNAが配列の相補性をもって標的RNAを制御する」というところにある。相補性に立脚しているから、予測可能なはずなのだけれども、一方で、siRNAと違い短いシード配列に依存しているから、標的が非常に多く、有り体にいうと遺伝子制御ネットワークを形成しているということになり、人間の知恵では簡単に予測できそうにない。結局のところ、生命科学や医学は全般的にこういうところへのアプローチはいまだ発展途上であると思う。マイクロRNAとRNA干渉は類似したノーベル賞受賞のトピックといえるが、こういう視点でみると、siRNA(RNA干渉)とは対照的に、マイクロRNAが、遺伝子制御のノイズや閾値、あるいは、ネットワークの安定性にどう影響するかという研究がこれまでに精力的にされてきたこともこの機会に言及しておきたい。
 Victor Ambros博士とGary Ruvkun博士はボストンの研究者である。いわゆるファージ研究の3賢人(デルブリュック、ハーシー、ルリア)の内、サルバドール・エドワード・ルリアはマサチュセーッツ工科大学にがん研究センター(CCR、現在のコークがん総合研究所)を50年前に設立し、今年は50周年でお祝いをしているところである(以下敬称略)。ルリアの学生であったワトソンはハーバード大学で生物学の教授となっている。CCRに所属していた研究者として、ルリア以外に、デビッド・ボルティモア、利根川進博士、フィリップ・シャープ、ロバート・ホロビッツがノーベル賞を受賞しており、Victor Ambros博士はボルティモアとホロビッツ、Gary Ruvkun博士はホロビッツの弟子ということになる。さて、ファージ研究の3賢人の一人デルブリュックは、師であるニールス・ボーア(特に「光と生命」という講演)に大きく影響を受け、量子力学の相補性(原理)(complementarity)の生物学バージョンを探求していたとされている。デルブリュックの求める相補性は、DNAの二重らせんモデルの相補性でもなかったようである。もし、デルブリュックが生きていたら、RNAの相補性によってマイクロRNA前駆体が形成され、相補性を介してマイクロRNAが標的RNAを制御し、転写因子とマイクロRNAが相補的に存在する世界をどのように眺めるのだろうか。

マイクロRNAが教えてくれたこと

 マイクロRNAは、私が初めて自分の頭で取り組んだ研究テーマである。「無知の知」「人間は考える葦である」「なぜ人間は学問をするのか」、そういうことを教えてもらった。改めて、Victor Ambros博士とGary Ruvkun博士、おめでとう、そして、ありがとう!

参考文献

  1. Suzuki, HI. et al.: Small-RNA asymmetry is directly driven by mammalian Argonautes., Nat. Struct. Mol. Biol., 22, 512-521 (2015)
  2. Zinovyeva AY, Veksler-Lublinsky I, Vashisht AA, Wohlschlegel JA, Ambros VR.: Caenorhabditis elegans ALG-1 antimorphic mutations uncover functions for Argonaute in microRNA guide strand selection and passenger strand disposal., Proc Natl Acad Sci U S A, 112, E5271-80 (2015)
  3. Duan Y, Li L, Panzade GP, Piton A, Zinovyeva A, Ambros V.: Modeling neurodevelopmental disorder-associated human AGO1 mutations in Caenorhabditis elegans Argonaute alg-1., Proc Natl Acad Sci U S A, 121, e2308255121 (2024)
  4. Geekiyanage H, Rayatpisheh S, Wohlschlegel JA, Brown R Jr, Ambros V.: Extracellular microRNAs in human circulation are associated with miRISC complexes that are accessible to anti-AGO2 antibody and can bind target mimic oligonucleotides., Proc Natl Acad Sci U S A, 117, 24213-24223 (2020)
  5. Suzuki, HI. et al.: Super-Enhancer-Mediated RNA Processing Revealed by Integrative MicroRNA Network Analysis., Cell, 168, 1000-1014 (2017)
  6. Grigelioniene, G. et al.: Gain-of-function mutation of microRNA-140 in human skeletal dysplasia., Nat. Med., 25, 583-590 (2019)