写真の石はSaint Petersburg近郊のバルト海を望む波止で拾ったもの。その辺の石はみな角がなく丸い。遠い遠い昔、氷河はこの地を覆っていた。氷河は北のフィンランドあたりからゆっくりと南下してきた。氷河と地面の間に挟まった石は、氷河の移動につれ、その重みを背負いながらギシギシ軋み少しづつ削られ磨かれた。その移動の萬年のおぼろげな記憶は、この石の形と年輪のような線に残る。

私達の進化の歴史はゲノムに刻まれる。それが私達の萬年の記憶。でも、ゲノムはこの石のような静的なもの。なぜ、秋の虫はまだ見たこともない雌を慕う歌を、習ったわけでもないのに、歌うことができるのか?なぜ、メダカは仲間を認識しメダカ同士群れて学校をつくるのか?私達の萬年の記憶を整然と秩序正しく引き出す仕組みはどこにどのように在るのか?

日々の記憶はすぐに色あせ、ほぼすべてがゲノムに刻まれることなく、その個体の死とともに消滅する。でも、私達には石に彫り込むように記憶にとどめ、決して忘れ去ってはならない情景がある。たとえば、水俣の山中九平少年の姿。

(2014年11月)


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