2014年3月に東京大学分子細胞生物学研究所の泊研で学位を取得し、4月からカリフォルニア大学バークレー校のMichael Levine  labでポスドクをしています。泊研では生化学的手法を用いて、microRNAが標的mRNAの翻訳を抑制する際の分子機構について研究を行ってきました。現在は、エンハンサーと呼ばれる非コードDNA領域を介した転写制御について研究を行っています。発生段階に応じた緻密な遺伝子発現パターンがどのように形成されるのかについて、ショウジョウバエ初期胚を用いたライブイメージングの手法を駆使して解析を行っています。

Keystone Symposiaに参加して

昨年、松山で行われたRNA学会年会にて青葉賞を受賞させて頂きました。その副賞として旅費支援を頂き、今年2月初めにシアトルで行われたKeystone Symposia RNA Silencingに参加してきました。当初はポスター発表で参加する予定でしたが、参加登録から数ヶ月後に「口頭発表しませんか」という連絡を受けました。1月末には学位審査が予定されていたこともあり少し躊躇しましたが、滅多にない貴重な機会だと思い口頭発表することに決めました。ただ、予定されている発表順にはIan McRae、Antonio Giraldezの次に自分の発表があり、その後Narry Kimと続くのを見て、このような著名な研究者に挟まれて発表することに非常に大きなプレッシャーを感じていました。

シアトルに着いた後は観光にも出かける余裕もなく、ホテルの部屋にこもってひとり発表練習を繰り返していました。発表当日もかなり緊張しましたが、とにかく堂々と発表することだけを意識して、本番に臨みました。発表後は色々な方から「良い発表だったね」と声をかけてもらい、自分自身でも納得できる発表になったかなと思います。国際学会で口頭発表するというのは 言葉の問題もありなかなか大変ですが、研究者として非常に有意義な経験になりました。今回の学会参加に際して、旅費支援を頂いたRNA学会の皆様には感謝申し上げます。

海外留学について

博士取得後に海外留学することを選択肢として考え始めたのは、例えば参加した国際学会で海外の研究者らと対等に議論を交すことが出来るようになるためには、日本国外で経験を積むこととが重要に感じたからです。革新的な研究成果が次々に生み出される刺激的な環境で働いてみたいという思いもありましたが、研究面に限らず文化的な側面においても、海外で多様な価値観と接することは、人としての視野を広げる良い機会になると考えていました。研究テーマに関しては泊研で取り組んできた“小分子RNAの生化学”とは異なる何か新しい研究課題に挑戦したいと漠然と思い描いていました。一方で、他の特定の研究分野に強い関心がある訳ではなかったので、なかなか留学先候補を見つけるのに苦労しました。そのような中、ふと目にしたある論文の論理的な明快さに興味を引かれ、その著者であるMichael Levine  教授にポスドクのポジションについて直接問い合わせてみることにしました。何通かメールでやり取りをした後、実際に現地に招いて頂き、これまでの研究内容についてプレゼンを行いました。その後、正式にポストクとして受け入れてもらえることになり、今年の4月から新天地にて研究をスタートさせました。

バークレーはサンフランシスコの対岸に位置する人口10万人程度の街で、年間を通じて温暖な気候に恵まれた場所です。食事に関しても、例えば近所のスーパーへ行けばサッポロ一番味噌ラーメンや、おかめ納豆、加ト吉の冷凍そばなどが普通に売られており、苦労を感じることはありません。大学の近くには100円ショップのダイソーがあり、日本と全く同じ品揃えで重宝します(アメリカでは$1.5均一)。また、サンフランシスコにはユニクロや無印良品といった日本企業が進出しており、多少割高になりますが使い慣れた日本製品を簡単に手に入れることが出来ます 。このように日本人にとっては非常に住みやすい環境といえますが、一方でサンフランシスコ湾を囲むベイエリアでは家賃が年々高騰しており、現在自分が暮らしている一人暮らし用のアパートでさえ月$1600という、日本では考えられないような高値です。大学構内は総合大学ということもあり、いつも学生の活気であふれています。人に迷惑をかけなければ何でもOKというような、自由で開放的な雰囲気を感じます。西海岸は人種が多様ということもあり、他者に対して寛容な土地柄なのかもしれません。

所属しているLevine labは総勢15人程度の研究室です。国籍もアメリカだけではなく、フランス、イタリア、イギリス、コロンビア、エジブト、中国、日本など国際的な環境です。また研究バックグラウンドも、バイオインフォマティクス、生物物理、発生生物学、細胞生物学など幅広いのが特徴です。研究室ではモデル生物としてショウジョウバエだけではなく、カタユウレイボヤを用いて研究を行っています。ホヤは脊椎動物と同じ脊索動物門に分類されており、発生学と進化とをつなぐモデル生物として用いられています。一方でハエグループは、初期胚の発生過程に注目し、その遺伝子発現がどのように制御されているのかについて精力的に研究を行っています。 ボスのMikeはもう還暦ですが、いつも好奇心旺盛な少年のような人物で、僕らの実験結果に目を輝かせていている様子を見ると、本当に研究が好きなのだなと感じます。今でも学会で世界各地を忙しく飛び回っており、 非常に精力的に活動しています。自分自身、新しい研究環境に苦労しながらも、充実した時間を過ごしています。あと何年アメリカにいるかは未定ですが、出来るだけ多くのことを学べればと思います。将来的には、泊研で学んだ生化学と、個体を用いた解析とを組み合わせて、多角的な視点から遺伝子発現制御の仕組みを解き明かしてみたいと考えています。

さいごに

今年2月に日本学術振興会 育志賞を受賞させて頂きました。当時、海外留学を前に不安を感じることもあったのですが、この賞によって強く背中をおされる気持ちがしました。推薦して頂いたRNA学会の皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。


大学構内の広場