富山大学先端ライフサイエンス拠点の甲斐田大輔と申します。先日、文部科学大臣表彰若手科学者賞を受賞し、この受賞に関して編集幹事の北畠先生より原稿の依頼を頂きましたので、拙文ですが寄稿させていただきます。
私とRNAとの最初の接点は、今から10年以上前になります。大学院時代は出芽酵母を用いた転写制御因子の研究をしていたのですが、ポスドク先ではその頃流行り始めていたケミカルバイオロジー的手法を用いた研究をしてみたいと思い、当時東大農学部で助教授をしておられた(現・理化学研究所 主任研究員)吉田稔先生の研究室を訪ねました。その時吉田先生に、「スプライシングに影響を与えているみたいだけれども、ターゲットのわかってない化合物がある。このターゲットを探してみないか?」ということで紹介されたのがFR901464(以下FR)という化合物でした。吉田先生はFRに関して様々な説明をしてくれたのですが、およそ5%程度の遺伝子しかイントロンを持っていない出芽酵母を使っていた私にとっては(ただ単に勉強不足だと言われれば返す言葉もないのですが)、「スプライシング? 教科書のどこかに書いてあったなあ……」、といったような具合で、吉田先生の説明のいたるところにクエスチョンマークが浮かんでいたように記憶しています。にもかかわらず、何故だか「この化合物は面白そうだ」と思え、吉田研でポスドクとして雇っていただくこととなりました。当初は、慣れない培養細胞の扱いやFR結合タンパク質の単離などに非常に苦労し、なかなか結果も出ませんでしたが、2年半の試行錯誤の結果、そして研究室内外の皆さんの協力のおかげで、ようやくFRとその誘導体であるスプライソスタチンAがスプライソソームの構成因子であるSF3bに結合し、スプライシングを阻害することを発見することができました。恥ずかしながら、結合の再現性が取れた時には、嬉しさや安心感からか涙が出てしまいました。
理研での研究が一区切りついたところで、さらにスプライシングに関する研究を進めていきたい、かつ、研究者たるもの一度は海外で揉まれるべきだと思い、海外でスプライシングに関する研究を行っているいくつかの研究室に、ポスドクとして雇ってくれませんか? と履歴書を送ってみました。運のいいことに、いくつかの研究室から面接に招待され、実際にオファーを頂いた中からペンシルベニア大のGideon Dreyfuss教授の研究室にポスドクとしてお世話になることとなりました。皆さんご存知の通り、Gideonの研究室には塩見先生や片岡先生が留学されていたこともあり、非常に日本人フレンドリーな研究室で、またフィラデルフィアは大都市であることもあり日本食(のようなもの)を手に入れるのも比較的簡単で、非常に楽しく留学生活を送ることができました。研究に関しては、当初Gideonは「半年くらいかけて、この研究室のやり方や、機械の使い方を覚えればいいから」という方針だったのですが、「アメリカで一旗揚げて日本に帰るぞ!」と思っていた私としては、そんなにのんびりしている暇はないと思い、連日Gideonのオフィスに行ってテーマをくれと訴えたものでした。1 ヶ月ほどたつと根負けしたのか、しょうがないといった感じでテーマを与えてくれました。自己主張の国アメリカといった感じでしょうか(とはいえ、やり過ぎだったかもしれないと後日反省しましたが)。そのとき与えられたテーマは、U2 snRNPを阻害したら何が起こるか、というものだったのですが、「どうせU2を阻害するなら、U1もやってみたらどうか?」と提案し、U1やU2に関する研究を開始しました。Gideonの研究室では非常にディスカッションが活発で、ラボミーティングでの研究発表をした際も、何時間もディスカッションした末に、「まだディスカッションが足りないから、来週もお前が発表しろ」と言われたり、家に帰るバスを待っているとGideonから電話がかかってきて、「あの実験についてどう思う?」と聞かれたりするなど、「もう勘弁してください」と言いたくなるほど、実験とディスカッションに満ちあふれた研究生活を送っていました。しかし、そのディスカッションの中から新しいアイディアが生まれ、また、英語のいい特訓にもなり、今ではGideonに非常に感謝しています。結果としてU1 snRNPはスプライシングだけでなく、pre-mRNAを異常なポリA化から保護するという新規の機能を持っているという発見につながりました。
アメリカで一旗上がったかどうかはよくわかりませんが、日本に帰国する決心をし、国内でポジションを探したところ、2011年に富山大学先端ライフサイエンス拠点にテニュアトラック助教として採用されました。現在は、ポスドク2人とともにスプライシング異常が転写活性に与える影響や、スプライシングが細胞周期や細胞分化に与える影響に関して研究を行っています。最近、この研究室からの最初の論文を出すことができ、ようやく研究室としてのスタートを切れたかなと思っているところです。
振り返ってみれば、運と面白そうなものを見つける嗅覚(?)、さらに本当に多くの方々の助けのおかげで、なんとかこの世界で生き残ってこられたんだなあと思います。これからも周りの皆さんに対する感謝を忘れず、教科書に載るような仕事を目指して研究を行っていきたいと思っています。最後に、もし当研究室に興味がありましたらぜひご連絡ください。一緒に面白い研究をしましょう。