1. 自己紹介
この度、編集幹事の岩川さんから声をかけていただき、RNA News letterに投稿させていただくことになりました木村聡といいます。私は東京大学の鈴木勉先生の下でPhDを取り、2015年からボストンのMatthew Waldor博士のラボで8年間ポスドクとして研究していました。昨年の秋からアメリカのコーネル大学で独立し新しいラボを立ち上げています。アメリカにおける研究やFacultyポジションのジョブハントの経験をシェアしようと思います。アメリカへの留学や独立に興味がある方に参考にしていただければ幸いです。質問なども個別に連絡していただければ喜んで対応します。またラボでは学生やポスドクを募集していますのでもし興味のある方はぜひご連絡ください。連絡先は
2. ラボ選び
私が所属していた鈴木研では、卒業していく先輩方が続々とポスドクとして海外に渡っていたので、自分も卒業したら海外に行きたいと漠然と感じていました。いざ留学するということを考えたときにどのような分野に行くべきかというところで悩みましたが、私はアメリカの東海岸のボストンにあるMatthew Waldor研に応募することにしました。
私は鈴木研時代、主に大腸菌を用いてtRNAやrRNAの修飾を担う酵素を同定し、その修飾の生合成や機能を明らかにするという仕事をメインに行っていました。新しい修飾やその酵素を同定するのはとても楽しい仕事なのですが、見つけた酵素をノックアウトしても表現型が出ないことが多く、その生体内での役割を見つけるのが難しい研究でもありました。その原因の一つにそれらの修飾が特殊な環境下で重要になる場合、大腸菌ではそれら表現型がみられないという可能性が挙げられます。実際、tRNAの修飾酵素が病原性細菌で感染機構に貢献しているという文献がいくつもあったため、RNA修飾の生物学的意義を明らかにするにもっと自然状態に近い環境下における様々な細菌、特に病原性細菌を使ったらよいのではないかと考え、病原性細菌を研究しているラボを探しました。
私の場合、ラボを選ぶ際には、1)各メンバーが独立にプロジェクトを進めており、ラボとして幅広い分野を研究している、2)新しいテクノロジーを習得することが見込める、3)ビックジャーナルだけでなく専門誌にもコンスタントに論文が出ている、4)安定した研究費がある5)ポスドクがFaculty positionを獲得しているという点を見ました。1)の理由としては私はある程度自由度を与えてもらった環境で自分でプロジェクトを進めていくのが好きだったのでPIがopen mindedでいろいろなことに興味がある方が良いと思ったからです。これらのポイントはそれぞれの研究スタイルによると思います。
またこれは海外に限らないと思うのですが、ボスと研究の指向がマッチしているかはかなり重要だと思います。Waldor研の主催者であるMattはかなり柔軟でバクテリアの感染機構だけでなく分子生物学的な機構にも興味があり、tRNA修飾の探索や、生化学的な解析などに自分と同様に興味を持ってくれていました。ボスがバクテリアの感染機構以外は興味を持たないということであれば自分のテーマを進めることは難しかったと思います。
2013年の秋にMattにラボに参加するのに興味があると送ると、すぐにCVを送ってくれという返事をもらい、EMBLの細菌のトピックを扱うミーティングで会うことになりました。学会やインタビューでポスドクの候補先のボスに会うときには事前に相手の研究対象について調べ、研究の種になりそうなことを探しておくといいと思います。私はあらかじめMattの専門であるコレラ菌についていろいろと調べているうちに病原性にかかわるコドン使用頻度について面白そうな傾向を見つけました。そのことを初めて会ったときに話したところ、後々までこのことがImpressiveだったと言っていました。EMBLのMeetingでは面白い発表がいくつもあり、バクテリア研究全般に対する興味を深めることができました。自分のポスドク先として興味のあるラボや分野があれば、関連する学会に行ってみるのもいいと思います。
その後、2014年の4月に現地でのインタビューに呼ばれました。インタビューでは約1時間のセミナーと、ラボのメンバーとの15分から30分程度の個別ミーティングを行いました。特にラボメンバーとの話し合いでは、メンバーの研究や、ラボでの研究の進め方や論文化の仕方、ボスとの関係性、現地での生活など実際自分が入ったときに気になることが聞けて良かったです。その後、細菌感染に関与していそうなtRNA修飾の機能を解析するというテーマを提示したところ、ポジションのオファーをもらいました。
3. ポスドク生活
Waldor研はボストンのLongwood地区のBrigham and Women’s Hospitalにあります。この周辺はHarvard Medical School, Harvard School of Public Health, Boston Children’s Hospital, Dana Farber Cancer InstituteなどMedicals Schoolや病院、研究施設が密集しており、とても刺激的な地区でした。
Waldor研は平均で12人程度でアメリカのラボとしては大きめの規模になります。多くはポスドクでヨーロッパや、アジア、南米など多様な国からメンバーが集まっていました。毎週金曜日にはデパートメントのハッピーアワーやラボのランチルームで自然発生的に飲み会があり、第二の学生時代の様でとても楽しかったです。
私の場合、ポスドク時代のテーマは自分の研究対象や解析系を新しい生物種に移行するというスタイルでした。このことのメリットは自分でプロジェクトのイニシアチブをとれるので、独立する際に自分のアイデアが入っていることをアピールしやすかったり、プロジェクトを持っていきやすい点です。研究の中に候補者のアイデアの貢献がどのくらいあるのかという点がジョブハントの際によく論点になるのですが、あるのですが、その点は容易にクリアすることができます。ただ実験系などで問題がおきた時にはなかなか人に頼れないため自分で解決していかなければいけないことがデメリットとして挙げられます。
ポスドク時代には新しい実験系として次世代シーケンサーを用いた実験系、Tn-seqと呼ばれるゲノムワイドな遺伝学スクリーニングやリボソームプロファイリング、tRNA-sequencingなど様々な系を習得することができました。
Mattから学ぶことはたくさんあったのですが、その中でもすごいと思ったのはたとえ自分の専門でない分野のどんな仕事でももらさず論文にするところでした。研究のディスカッションでも常に論文にするにはどうするかというのを考えているようで、論文のメインになりうるデータが出たときはどのようなタイトルの論文になるのか、また論文のパンチラインは何かというのを常に聞いてきました。こうすることで研究の方向性を一貫性のあるものにガイドしてくれたと思います。また論文の流れをできるだけ簡潔にし、流れを分けてしまうようなデータを出すとよく「それは二報目の論文だね」とあえて分けていくようにしていました。それまでデータは足せば足すほど良い論文になると考えていたので、とても勉強になりました。
4. Job hunting
2019年の初めに一つメインの仕事がPNASに出たタイミングでアメリカのFaculty positionを目指すことにしました。アメリカを選んだ理由としては募集の絶対数が多く、また研究分野的にもマッチしているポジションが多いのでポジションを取れる可能性が高いと考えたからです。アメリカでは多くの研究機関、大学が9月から12月にかけてアプリケーションの募集、Zoomインタビューが11月から1月、on siteインタビューが1月から3月にかけてあり、春にオファーが出るサイクルで回っています。2019年の8月から9月にかけてapplication packageを準備し、9月から12月にかけて30か所ほど応募しました。その年はまだもう一つのメインの論文は通っていなかったのですが、3か所からインタビューに呼ばれました。結果的にオファーをもらうことはできなかったのですが、来年は論文も通っているし、なんとかポジションを獲得できるのではないかと考えていました。しかし、2020年に始まったコロナウイルスの流行によるFacultyポストの減少、それに伴う競争率の上昇もあり、on siteのインタビューまでは呼ばれるのですが、なかなかオファーをもらうことはできませんでした。ポジションを得るのは所詮自分には無理かもしれないと弱気になってしまうこともありなかなかハードな期間でしたが、そういった中で、絶対いいポジションが見つかるよと言い続けてくれたMattやほかのラボメンバーからの励ましはとてもありがたかったです。この期間は、秋から冬にかけては応募とインタビューの準備をし、春から夏の間にプレリミナリーなデータを足し、論文を書いたり、申請書をブラッシュアップしたりしました。特にポジションの募集が細菌の病原性を重視したものが多かったため、研究の方向性をそちらにより向けることによって、雇う側とグラントに合わせた申請書や研究計画にしていきました。4サイクルで合計120か所程度応募したのですが、最終的にコーネル大から幸運にもオファーをもらうことができました。Job huntingはマッチングなので、あきらめずにとにかくたくさん応募して自分の研究に合うところを見つけるのが大事だと思います。またラボ内外のいろんな人に申請書や、プレゼンにフィードバックをももらうことは非常に大事だと思います。私もラボ内でのプレゼン練習の他にもアメリカで活躍されているThomas Jefferson大の桐野陽平先生やUT Health San Antonio校の森田斉弘先生には、申請書をシェアしていただき、さらに私のアプリケーションにフィードバックをもらうことで大変お世話になりました。またPhDの指導教官である鈴木勉先生には応募のたびに推薦書を送っていただき、ジョブハントをサポートしていただきました。
Cell, Nature, Scienceといったトップジャーナルから論文が出ているに越したことはないですが、出ていなくても悲観的になることはないです。いいところに論文が出ていることは面白いサイエンスのトピックを扱っていることの証明にはなるのですが、その先にどのようなプランを持っているかの方が大事になります。よく言われたのが、オンサイトインタビューの段階で実績に対する評価はフラットになるので、そこからはプレゼンテーションとチョークトークと呼ばれる研究計画の発表で評価されるようになります。生物医学系の分野では多くの場合、候補者がNIHのR01と呼ばれるグラントの申請フォーマットに沿った研究計画を発表し、教授陣により計画の新規性や実現可能性が評価されます。候補者がグラントが取れず、テニュア(終身雇用)も取れなかった場合ラボのセットアップにかけた投資が無駄になるため、この評価はかなりシビアになります。逆にグラントの獲得実績や独立を支援するグラントを持っているとかなり有利になります。私はグラントを申請する機会がなかったため、この部分で苦戦しました。グラントにはPhDを取ってから3年から5年の間しか申請できないものもあるため、アメリカで独立を目指す場合なるべく早めに留学すると選択肢が広がると思います。
5. ラボの今後
新しく立ち上げたラボでは、これまで見逃されてきた様々な病原性細菌や共生細菌におけるRNA修飾の機能を研究することで、多様なRNAの機能制御機構を明らかにすることを目指しています。また細菌感染による病気を理解することは大きなミッションです。抗生物質の登場により、細菌感染による死者や病気は劇的に少なくなりました。しかし、近年の抗生物質耐性菌の広がりにより、新たな治療法やそのターゲットが必要とされています。病原性に寄与するRNA修飾や翻訳制御機構を明らかにすることで、病原性細菌に対抗する治療法の開発につなげることも目指しています。
PhD時代のRNA修飾および翻訳機構を解析する技術をベースに、ポスドク時代に培った次世代シーケンサーを用いた実験系、さらにそれらを動物感染実験系と組み合わせることで今まで見ることが難しかった宿主内におけるバクテリアのRNAの制御機構及び翻訳制御機構を明らかにすることを目指します。まだ立ち上げたばかりのラボなので、先ほど挙げた良いラボのチェックリストに当てはまらない点もありますが(笑)少人数でPIと密にコミュニケーションをとって研究を進めるにはとても良い環境だと思いますので、興味をもった方はご連絡いただけると幸いです。