今年、国際RNA SocietyのLifetime Achievement in Science AwardはMelissa J. Mooreに送られることになった(https://www.rnasociety.org/2021-rna-society-lifetime-achievement-in-science-award)。スプライソソームの分子メカニズムや構造の解析、Exon Junction Complex (EJC)の発見、RNA輸送や品質管理の研究など、RNAの基礎研究分野における彼女の多大な貢献は誰しもが知ることであるが、最近、Melissa Mooreの名前をことさら有名にしたのは、Pfizer社と並んでCOVID-19のmRNAワクチンを製造するModerna社のChief Scientific Officer (CSO) としての役割ではないだろうか。

UMASS Medical Schoolの教授であり、19年もの長きに渡ってHHMI InvestigatorでもあったMelissa Mooreが、2016年、そのポジションをあっさりと捨て、Modernaという当時はそこまで名前が知られていなかったバイオテック企業に移るらしいという話を聞いたとき、私自身、にわかには信じることができなかった。思い返せば、当時のまわりのRNA研究者の反応も、「それは大変ショックだ」「気は確かなのか?」「そもそもなぜ?」というものがほとんどであったと記憶している。しかしそのわずか4年後の2020年、COVID-19 mRNAワクチンの実用化によって、Melissa Mooreのアカデミアから産業界への転換が、まさに英断であったことが示されることになる。Melissa Mooreの活躍は、1つのロールモデルとして、我々そして若いRNA研究者達に大きな刺激と希望を与えてくれるものである。

当研究室の卒業生であり現在Harvard大学研究員の佐々木 浩さんによると、Melissa Mooreは現在、Moderna社のCSOとして精力的に講演活動を行っているとのことである。microRNA研究で著名なSloan Kettering InstituteのEric Laiも、Melissa Mooreの講演を聞いたらしいが、彼によると、Moderna社は、なんと75 Lのスケールで試験管内転写反応を行っており、今年140 kgのRNAを製造する計画とのこと (https://twitter.com/lucksmith/status/1367223012181897216)。私自身がこれまでに行ったことのある試験管内転写反応は、最大でも数十mLであるので、その千倍以上の規模であり、あっけにとられるほどの大きなスケールであるが、工業生産という観点からは、もしかするとスケールアップそのものはそこまで難しいことではないのかもしれない。

しかしながら、試験管内転写反応に一般に用いられるT7ファージ由来のRNA Polymeraseは、全長のRNAだけではなく、様々な副産物を合成してしまうことが知られている。特に、鋳型DNAの終端まで転写反応が進み、T7 RNA Polymeraseが鋳型DNAから離れたあと (“run-off”)、合成されたRNAの3’末端が自身の上流に存在する相補的な配列と塩基対を形成し (“loop-back”)、そこを起点として逆鎖の合成が継続する (“primer extension”) という副反応は、比較的高頻度に (しかも転写効率が良ければ良いほど) 起こることが報告されている1) 注釈1。このようにして作られた、末端にループ構造を持つ二本鎖RNA (loop-back dsRNA) は、その配列に関わらず自然免疫系によって認識され、炎症性サイトカインの産生を誘導してしまうため、RNAを生体に導入する際には、HPLCなどで取り除く必要がある2) 注釈2

Melissa Mooreの講演を聞いた佐々木さんによると、Moderna社では、上記の問題を解決するため、試験管内転写反応の条件を最適化すると同時に、用いるT7 RNA Polymeraseに対し、これまでにアカデミアで蓄積されてきた構造機能情報とコンピュータによる予測を組み合わせたスクリーニングを行い、多数の変異を導入することによって、副反応としての二本鎖RNAの合成がほとんど起こらない改良型T7 RNA Polymeraseを作成することに成功したらしい。これにより、実験室レベルでは、HPLCなどによる精製を行わなくても、炎症性サイトカインの産生を最低限に抑えることができるようになったとのことである (製品化の際には精製は行っていると思われる)。産業におけるRNA合成のために、まずその基本的なツールであるT7 RNA Polymeraseの改変から行うというのは、例えるならば、料理をするためにまず鋼から包丁を作り直すというようなものであり、そこまでやるのか、と大いに感服した。と同時に、古市先生のエッセイ飯笹さんのエッセイにも書かれていた通り、スピーディーに見えるmRNAワクチン開発の裏には、長年にわたるRNAの地道な基礎研究の積み重ねがあるということをあらためて実感し、一人のRNA研究者としてとても嬉しい気持ちになった。願わくは、この改良型T7 RNA Polymeraseの変異情報が (例えば論文という形で) 一般に公開され、より良いツールとしてアカデミアでも (そして産業界でも) 広く共有されるようになって欲しいものである。

なお、現時点でMelissa Mooreによる最新の講演資料は公開されていないが、Moderna社が2020年6月に開催したAnnual Science Dayでの講演資料 (https://investors.modernatx.com/events/event-details/annual-science-day/ の “Annual Science Day Presentation”) の中に、改良型T7 RNA Polymeraseについての説明が掲載されている。また、コドンの最適化やPoly(A) Tail 3’末端のInverted dT修飾によるmRNAの安定化、N1-methyl-pseudouridine (1mΨ) 修飾による免疫原性の低減3)、Lipid Nano Particleに用いる脂質の最適化など、基礎研究の観点からも興味深い内容が色々と書かれているので、ぜひ参照されたい。

注釈1:かつてはrun-off転写によって付加される塩基は、T7 RNA Polymeraseが鋳型に依らずに適当に合成してしまうものだと一般的に認識されていたが、現在では鋳型依存的なloop-back primer extensionであると考えられている様である。

注釈2:線虫におけるRNA干渉の発見の論文においても、T7 RNA Polymeraseによる転写産物をゲル切り出し精製せずにそのまま用いると、強いサイレンシング効果を示すことが報告されているが、これは副反応によって合成されたこのようなloop-back dsRNAによるものだと推察される。

References

1. Gholamalipour et al., Nucleic Acids Res. 2018 Oct 12;46(18):9253-9263. doi: 10.1093/nar/gky796. 

2. Karikó et al., Nucleic Acids Res. 2011 Nov;39(21):e142. doi: 10.1093/nar/gkr695. 

3. Nelson et al., Sci Adv. 2020 Jun 24;6(26):eaaz6893. doi: 10.1126/sciadv.aaz6893.