皆様、いかがお過ごしでしょうか?

8月以降、一時は収束の兆しが見えたCOVID-19ですが、今月に入り、いよいよ第三波が到来してしまいました。大学も秋学期から対面式の実習や講義を増やしていた矢先に、出鼻を挫かれたような気がしています。皆さんもそれぞれの環境で大きな衝撃を受けておられることでしょう。年明けの大学入試も正常に行われるのか、研究室の活動もまたいつ自粛せざるを得ない状況に追い込まれるか、など心配はつきません。そんな中において、ファイザー/BioNTechとモデルナのmRNAワクチンの臨床試験の結果が良好であるというニュースは、人類に希望を与える材料ではありますが、まだまだ予断を許さない状況が続きます。ひとりひとりの努力で感染しないように、感染させないように注意しながら、日々の生活を過ごしていきましょう。

コロナ禍の最中で大変喜ばしいニュースが飛び込んできました。Emmanuelle Charpentier博士とJennifer A. Doudna博士が、CRISPR/Cas9によるゲノム編集技術の発見で2020年のノーベル化学賞を受賞しました。お二人にはRNA研究者として心からお祝いの気持ちを伝えたいと思います。今やゲノム編集と言えば代名詞ともなっているCRISPR/Cas9は、生命科学の様々な分野において、研究手法やアプローチを根底から変えてしまうほどのインパクトがありました。皆様と同様に私もその恩恵を受けている研究者の一人です。この技術が登場した当初は、二倍体ゲノムの二つのアリルを同時にノックアウトするなんて、原理的に可能なのか?と半信半疑でした。大腸菌や酵母の遺伝学に精通している方ほど、選択マーカーなしで破壊株を取ることなど不可能だと思うでしょう。ところが、実際に実験を行ってみると、かなりの確率でノックアウト株が得られることがわかります。しかも、どの学生がやっても同じように取れることに驚きを感じます。おそらくCas9の活性が十分に高く、非相同末端結合 (NHEJ) で挿入/欠失変異が入るまで標的部位を何度も何度も切断し続けるからなんでしょうね。長年研究を続けていると、何度か大きなパラダイムシフトを経験しますが、CRISPR/Cas9は、まさにRNAiやiPS細胞が登場した時のような衝撃を感じます。

皆さんご存じのように、CRISPR配列は、1987年に発表されたJournal of Bacteriologyの論文1で、石野良純さん (現在、九州大学教授) らによって初めて報告されました。本会報では、石野さんに当時の研究のいきさつやその後のCRISPR研究の広がりについて、大変魅力的なエッセーを書いていただきました。石野さんにはこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。原核微生物がもつ獲得免疫系の発見やその後のゲノム編集に至る経緯が大変わかりやすく書かれております。また、石野さんご自身の研究に対する姿勢や興味などについても触れられておりまして、とても興味深く読ませていただきました。特に石野さんが「おわりに」に述べられているように、生命科学の重要な基本技術はすべて、バクテリアやモデル生物から発見された知見が元になっています。昨今、日本の科学研究費はヒトを対象としたものや医学研究に集中して投入されているように見えます。プロジェクトの審査に参加しても、バクテリアやアーキアのテーマが採択されることは少ないですよね。このままでは先人たちが築かれたバクテリアでしかできない見事な遺伝学や生化学など、本当に重要な技術や知見が失われていくような気がしてなりません。私は、生物の多様性を重視した研究環境を維持することが、生命科学において大きな発見や変革につながると思っています。

また関連して、世界で最初にCas9-sgRNA-DNA複合体の構造を解いた西増弘志さん (東大先端研) と、Doudna研でポスドクをされた福永流也さん (Johns Hopkins University School of Medicine) にもそれぞれエッセー(西増さんエッセー福永さんエッセー)を書いていただきました。

今年は残念ながら年会が流れてしまいましたが、来年こそは鶴岡で二年分の成果を披露しあいましょう。これから年末に向けて感染拡大が心配ですが、皆様どうか健康には十分注意して、お過ごしください。Stay safe!

1. Ishino Y, Shinagawa H, Makino K, Amemura M, Nakata A. (1987) Nucleotide sequence of the iap gene, responsible for alkaline phosphatase isozyme conversion in Escherichia coli, and identification of the gene product. J. Bacteriol. 169, 5429-5433.