筆者の専門分野は、DNAウイルスのmicroRNA及びRNA編集だが、在籍しているのが微生物学講座であるため、学部 (医学部) の授業では新型コロナウイルスについても教えている。そこで、新型コロナウイルスとインターフェロン (IFN) について、鈴木勉さんにメールをしたところ、エッセイの執筆を依頼された。日本RNA学会の会員は新型コロナウイルスやIFNについてあまりご存じない方が多いと思われるので、古市先生のエッセイのフォローアップのような形で、少し細かい解説を行ってみたい。

未知のウイルス感染が流行した場合、既存薬の中で確実に有効と思われる薬はIFNである。I型IFN (IFNα、IFΝβ) は、下流のSTAT1、STAT2、STAT3等を介して様々な遺伝子の発現を誘導する。これら遺伝子群はIFN stimulated genes (ISGs) と呼ばれ、その多くがウイルスの増幅を抑制する因子である1。したがって、新型コロナウイルスの治療として、まず頭に浮かぶのはI型IFNだろう。実際、中国のみならず、世界各国でI型IFNを患者に投与する臨床治験が行われており、良好な結果も報告されている2。また、新型コロナウイルスの組換えウイルスを用いた実験でもIFNαが有効であることが示されている3。にもかかわらず、2020年6月12日現在、I型IFNは新型コロナウイルスの主要な治療薬とはなっていない (日本感染症学会発表資料)。それはなぜだろうか?

新型コロナウイルスのSpikeタンパク質は、膜型セリンプロテアーゼTMPRSS2によって切断され、アンジオテンシン変換酵素2 (ACE2) と結合する。その結果、新型コロナウイルスは膜融合を介して感染が成立する (東京大学医科学研究所プレスリリース)。ところが最近、ACE2はI型IFNによって発現誘導されることが明らかとなった4。それでは、もしI型IFNの投与量が低すぎると何が生じるのか?I型IFNの抗ウイルス作用よりも、ACE2の発現上昇を介した新型コロナウイルスの伝搬の方が上回る可能性が出てくる。つまり、投与量が最適でないと、I型IFNによって治療をしているはずが、かえってウイルス感染を肺組織に広めることになってしまう。

ではいったい、どれくらいの量のI型IFNを治療に使えば良いのであろうか。新型コロナウイルスの近縁ウイルスであるSARSウイルスでは、ウイルスタンパク質であるORF6を宿主のSTAT1と結合させ、STAT1の核内移行を阻害する5。したがってSARSウイルスが感染すると、I型IFN が産生されるにも関わらず、ウイルス感染細胞におけるISGsの誘導はほとんど生じないことになる。一方、新型コロナウイルスの場合はどうであろうか。STAT1の局在についてはまだ不明であるが、新型コロナウイルスの感染組織では他のウイルス感染症と比較して、ISGsの発現が低下していることが報告されている6。つまり、新型コロナウイルスに感染した細胞も、I型IFNに応答しにくいことが予想される。したがって、I型IFNを新型コロナウイルスの治療に用いる場合、他のウイルスの治療時と比べ、大量に投与しないと効果が得られない可能性がある。

ではI型IFNを一気に高濃度使えば、問題解決か?といえば、そうではない。I型IFNの重大な副作用の中に、頻度は低いが間質性肺炎がある。20年前に中国で流行したSARSウイルス感染症は、高い致死率を引き起こしたが、その原因は間質性肺炎が高頻度に生じることにあった。新型コロナウイルスにより生じる肺炎の多くは、間質性肺炎には至っていないが、患者によってはかなり近い状態にある。このことは、患者の一部は通常よりも間質性肺炎に移行しやすい可能性を示唆している。もしI型IFN投与により間質性肺炎が生じると、治療は極めて難しいことになるし、肺機能の低下は長期間続くことになる。

I型IFNは未知のウイルス感染が流行した場合、確実に効果がある薬である。しかし、新型コロナウイルスの場合、ウイルスの性質やI型IFNの副作用を考えると、その臨床応用は、簡単ではないことが予想される (投与量設定や投与のタイミングなど)。この問題の解決には、やはり動物実験の結果が必要だろう。ただし、これらの解説は2020年6月12日時点のものである。なんとかして新型コロナウイルスの治療法を確立しようと、多くの医療従事者が模索している。したがって、上述の問題点を理解しながらも、新型コロナウイルスの感染に対するI型IFNの治験は、いまだ世界中で続けられていることを記載しておく。


参考文献

1. Regulation of type I interferon responses. Ivashkiv LB, Donlin LT. Nat Rev Immunol. 2014 Jan;14(1):36-49.

2. Triple Combination of Interferon beta-1b, Lopinavir-Ritonavir, and Ribavirin in the Treatment of Patients Admitted to Hospital With COVID-19: An Open-Label, Randomised, Phase 2 Trial. Hung IFN. et al. Lancet. 2020 May 30;395(10238):1695-1704.

3. An Infectious cDNA Clone of SARS-CoV-2. Xie X. et al. Cell Host Microbe. 2020 May 13;27(5):841-848.e3.

4. SARS-CoV-2 Receptor ACE2 Is an Interferon-Stimulated Gene in Human Airway Epithelial Cells and Is Detected in Specific Cell Subsets across Tissues. Ziegler CGK. et al. Cell. 2020 May 28;181(5):1016-1035.e19.

5. Severe acute respiratory syndrome coronavirus open reading frame (ORF) 3b, ORF 6, and nucleocapsid proteins function as interferon antagonists. Kopecky-Bromberg SA, Martínez-Sobrido L, Frieman M, Baric RA, Palese P. J Virol. 2007 Jan;81(2):548-57.

6. Imbalanced Host Response to SARS-CoV-2 Drives Development of COVID-19. Blanco-Melo D. et al. Cell. 2020 May 28;181(5):1036-1045.e9.