はじめに
日本人若手研究者の、海外留学への意欲低下が指摘されて久しい。私は、1970年代に英国 CambridgeのMRC Laboratory of Molecular Biology (通称 LMB)、そして Stanford大学での、Pre-docそしてPost-doc 研究を経て、アメリカ東海岸フィラデルフィアにあるWISTAR研究所 (https://wistar.org/about-wistar) にて独立、長年アデノシンをイノシンに塩基修飾するタイプのRNA編集 (A-to-I RNA Editing) と、そのメカニズムに携わるADAR (Adenosine Deaminases Acting on RNA) 遺伝子群の研究を続けてきた。今回は、私自身の海外留学体験、RNA編集を研究してきた経過、米国での研究室を持つに際しての苦労、アメリカのサイエンスを牽引してきたNIH研究費支援制度等について、書いてみようかと思う。
MRC研究所でのtRNA塩基修飾研究
それまで、全く海外渡航経験の無かった私は、色んな幸運が重なって、1976年から1980年にかけて二度にわたって、英国 CambridgeのMRC LMB研究所で研究する機会に恵まれた。最初はMax Perutz研でヘモグロビン構造と機能、 その後さらにJohn Gurdon研 (写真) で遺伝子発現制御の研究に携わったのだが、この間いろんな研究者と巡り会い、CambridgeとLMB時代は私にとっては特別な場所と時 (空間) となった。
当時のLMB研究所には、Francis Crick (夏の間だけカリフォルニアSalk Instituteから帰ってくる)、Max Perutz、Hugh Huxley、Fred Sanger、Cesar Milstein、Sydney Brenner、Aaron Klug等がいて、これら有名研究者の、生物学上の根源的で重要な課題に取り組む姿勢を学んだ事や、当時LMBに世界中から集まって来ていた、同年代のポスドクや大学院生と知り合った事が、何よりも私のその後の研究者人生を左右したように思われる。
Max Perutz研究室でのヘモグロビン研究 (1976-77) を終え、一時日本へ帰国した後 “遺伝子制御研究をどうしてもやりたい”と、せっかく用意してもらった筑波大講師の職を投げ打って、再度Post-docとしてLMBのGurdon研究室へ戻った頃 (1979-1980) は、クローンされたGeneを使った遺伝子発現制御の研究がはやり始めた時期であった。John Gurdonは羊のドーリィがクローンされるずっと昔、アフリカツメガエル (Xenopus Laevis) のクローンに初めて成功した研究者である。Gurdon研では、 当時クローンされたばかりの5S rRNA、tRNA、Globin遺伝子などをMicroinjectionし、Xenopus卵母細胞核内で転写発現したRNAを解析していた。私はEddy de Robertis (後年、UCLA 教授に就任、笹井芳樹氏をポスドクとして指導) とtRNA遺伝子発現を研究する事になり、様々な修飾塩基や修飾酵素の存在を知った。今の若い人達には想像もつかないだろうが、当時はスプライシングが核内で起きるのか、細胞質内へ輸送された後に起きる現象なのかさえも判っていなかったのである。Doug Meltonや我々の研究から、tRNA前駆体は転写後核内でスプライシングされ、決まった順序で更に様々なプロセシングや塩基修飾を、あるものは核内で、あるものは細胞質内で受け、最終的に細胞質内で蛋白翻訳機構で利用できるtRNAに段階的に成熟していく過程が解明された (Nishikura and de Robertis, 1981; de Robertis et al., 1981; Nishikura et al., 1982)。
写真. 1980年頃のGurdon研 (後列左からDoug Melton、Marvin Wickens、Bill Earnshaw、Eddy de Robertis、一人置いてRichard Harland、一人置いて筆者、一人置いてJohn Gurdon) (https://wistar.org/news/blog/dr-kazuko-nishikura-rna-explorer)
Gurdon研では、同輩だったMarvin Wickens (U Wisconsin)、Doug Melton (Harvard)、 Richard Harland (U C Berkeley)、 Bill Earnshaw (U Edinburgh)、 またPeter Lawrence研でDrosophilaの研究をしていたGary Struhl (Columbia)、その兄のKevin Struhl (Harvard) 等の猛烈な仕事振りを目の当りにして、おおいに刺激啓発されたものである。 この時期、私も含めて大学院生やポスドクは、真夜中から夜通し実験するのが常であった。Doug Melton、Bill Earnshaw、Gary Struhl等の徹夜常連組7-8人と一緒に、LMB 研究所隣接のAddenbrooke病院で深夜12時から始まる当直医師や看護婦用のMidnight Dinnerに、毎晩、地下道を通って出かけていった事は、今でも懐かしい思い出である。
WISTAR研究所での独立、そしてRNA編集酵素ADARとの出会い
その後、スタンフォード大学Roger Kornberg研に移り、スプライシング機構についての2番目のポスドク研究を経て、最終的に (1982年)、WISTAR研究所の助教授として33才で独立、自分の研究室を持つに至った。当初は、その頃 “流行り” のOncogene (c-myc、c-fos) 研究をしていたのだが、ある時、たまたま見たのが、Cambridgeでの元同僚で、Harvard大で助教授として独立したばかりのDoug Meltonによるアフリカツメガエル初期胚に存在する二重鎖RNAを巻き戻す活性 (RNA Helicase) について報告した論文 (Rebagliati and Melton, 1987) であった。 ヒト培養細胞にも同様の活性が存在するかどうかを調べ出したのが、A-to-I RNA編集と ADAR遺伝子の研究に関わっていくきっかけであった。
哺乳動物細胞にも同様の活性が存在する事を確認していて、実は反応中に塩基修飾が起こっているのではないかと気が付き、アデノシンをイノシンに変換する酵素である事を突き止めた (Bass and Weintraub, 1988; Wagner et al., 1989)。その後ADARをコードするヒト遺伝子ADAR1を最初に同定し (Kim et al., 1994)、それがきっかけとなって脊椎動物では、ADAR1、ADAR2、ADAR3遺伝子があり、ADAR遺伝子群がグルタミン酸受容体サブユニットやセロトニン受容体2Cサブタイプ等、生理的に重要な遺伝子のmRNAを部位特異的にアデノシンからイノシンに塩基修飾するRNA編集酵素 (A-to-I RNA editing) である事が判明してきた (Nishikura, 2010; Nishikura, 2016)。最近のHigh-throughput Sequencingによる網羅的データ解析により、ヒト トランスクリプトームには、主にAluやLINE等のnon-coding反復領域に、優に300万以上のA-to-I RNA Editingサイトがある事が判明した (Tan et al., 2017)。
ADAR1ノックアウトマウスは、広汎なアポトーシスや造血不全のため胎生致死となる (Wang et al., 2000)。ADAR1が、反復配列を持つnon-coding RNAから形成される二重鎖RNAを抗原として認識する自己免疫反応を抑制し、過剰な炎症反応やインターフェロンの産生を制御する重要な役割を果たしており、この機能の不全が、ADAR1ノックアウトマウスの胎生致死の表現型と関連し、又ADAR1遺伝子の突然変異によって 起きる重篤な免疫疾患Aicardi-Goutières Syndrome 6 (AGS6) の起因となっている事が解ってきた (Rice et al., 2012; Nishikura, 2016)。 更に、このADAR1機能がPD-1に基づいた癌免疫療法に対する耐性と深く関係している事も判ってきて (Ishizuka et al., 2019)、ミステリアスな二重鎖RNA巻き戻し活性として研究を始めた者としては、ADAR1生理機能研究における、最近の想像を超える進展は、大変嬉しく又感慨深いものがある。
NIH研究費支援とNIH Study Section制度
中国の台頭が顕著な今日この頃にあっても、米国が依然として世界のScienceを牽引している事に異議を唱える人は少ないのではないだろうか。米国で40年に渡って研究生活をしてきて、やはりその一番の理由は、NIH研究費支援制度と、それを支えるNIH Study Section制度に依るところが大きいのではないかと思う。米国でBiomedical Scienceに携わる研究者は、基本的に、“NIH R01” と呼ばれるIndividual Principal Investigator (通称 PI)に与えられるグラント (4-5年間で自分の研究室で使うDirect Costとホスト大学や研究所に支給されるIndirect Costを合わせて約3億円) を申請獲得し、自分の研究室を運営して行く。NIHの年間研究費支援4兆円は、NIH Study Section と言われる制度によって審査され、年間5万件近くのグラントに付与される。1年に3度ある応募締め切り (2月、6月、10月) に集まってくるグラント申請を、180近くのStudy Sectionに振り分けて審査するのだが、米国のScience の革新性、そして研究費分配の公平性は、間違いなくこのシステムが支えていると言っても過言では無いとおもう。それぞれのStudy SectionにはNIHから依頼されてBethesdaへ集まった30人くらいの Reviewerによって、1回のMeetingで100くらいのグラントを、2日間くらい審査する。Reviewerとして依頼されるのは、大体、既に複数のNIHグラントを獲得している、若手から、中堅、そして既に確立したシニア研究者達である。
私もRegular Reviewer (任期4年) として、また“Ad Hoc” Reviewerとして何度もStudy Sectionに参加した。Regular Reviewerを務めた時期には、4ヶ月毎に、100個くらいのグラントが入った、大きい段ボール箱がFedEXで届けられてくるのだが (電子応募以前!)、この箱を受け取る度に、キリキリと胃が痛んだものである。100個くらいのグラントは、一人に10-15個くらいを振り分けられ、1つ毎のグラント (当時は、Single Spaceで25枚) を3人のReviewer (Primary、Secondary、Tertiaryと呼ばれる) が担当、それぞれ3-4枚のCritiqueを書き上げ、さらに、3人の担当Reviewerは、当日30人くらいの同輩Reviewerの面前で、それぞれのグラントの良し悪しや問題点を指摘プレゼンしなければならなかった。自分の担当以外の応募も一通り読んでくる様に求められるので、Regular Reviewerを務めるのは大変な負担で、私の場合はStudy Section前の2ヶ月間くらいは、自分の実験や論文書きも止めて準備しなければならなかった。当日は、3人のReviewerのプレゼンの後、全員が無記名投票したスコアが集計され、後日、このスコアの順番に基づいて、NIHが採択を決定するというシステムである。まず30人くらいのReviewerが関わる上に、平均から大きい偏差があるスコア (高過ぎ、又は低過ぎ) は集計から外され、またReviewer本人のグラント申請は、関連するStudy Sectionでの審査不可となっており、結果として、情実や学閥等の弊害の入りにくいシステムになっている。
この様に、大変な負担を伴うStudy Sectionであるが、Reviewerに選ばれた研究者は、このシステムが米国のScienceを支える根幹であり、またNIHに研究費支援してもらっている自分達の、当然の義務であるという認識を持って参加していたと思う。年に3回出会うRegular Reviewerとは2日間のMeeting中、3食を共にして交流を深め、また私の場合、グラント審査を通じて、米国のScienceのあり様を学んだと思う。当時、私が務めていたStudy Sectionには、Joan Massagueや Mark Kirschner等の有名研究者のグラント申請も集まってきており、研究テーマが何故重要でしかもExcitingなのかが分かりやすく書かれた彼らのグラントを読む事により、グラントをどの様に書くべきなのかを学ばせてもらったと思う。また、若手研究者からの、非常に新規性があり面白いがHigh Riskな研究申請審査の際に、既に確立した有名研究者が、“是非一度チャンスを与えるべきだ” と援護するのを度々目にし、米国のScienceの革新性が確保される理由の一端を垣間見た気がした。一つのStudy Sectionに集まってくるグラント申請は内容が似たものが多く、私の様な小規模研究室を運営する者は、人と同じ様な“流行りの” 研究テーマを追いかけていては駄目で、何か自分独自のテーマ (いわゆるOnly One) を見つけなければ、勝負にならない事にも気付かされた。
A-to-I RNA Editingをテーマにした私自身のR01グラントは、1991年に初めて採択され、以来29年間にわたって我々の研究を支え続けてきてくれている。今振り返ってみても、当時、生化学的活性検出方法以外、cDNAも無く、抗体も無く、生理的機能も未知のADAR機能を研究するという、まさにHigh Riskな私のグラント申請を採択してくれた当時のStudy Section Memberの見識には、只々感謝あるのみである。
日本のRNA若手研究者へ
以上に述べた様に、私は若くして海外へ出、幸運にも自分の研究室を持って独立、かなりRiskyではあるが、真に自分自身が興味を持てる研究テーマに巡り会い、研究を続けてくる事ができた。日本のRNA若手研究者の皆さんにも、機会があったら是非海外へ出、色んな研究者と交流し、視野や研究テーマの選択、また研究者としてのキャリアの可能性を広め、有意義で納得のいく“研究者人生の旅”をしてもらいたいと願うものである。
References
Nishikura K, De Robertis EM. (1981). RNA processing in microinjected Xenopus oocytes. Sequential addition of base modifications in the spliced transfer RNA. J Mol Biol. 1981 Jan 15;145(2):405-20.
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Nishikura K, Kurjan J, Hall BD, De Robertis EM. (1982). Genetic analysis of the processing of a spliced tRNA. EMBO J. 1982;1(2):263-8.
Rebagliati MR, Melton DA. (1987). Antisense RNA injections in fertilized frog eggs reveal an RNA duplex unwinding activity. Cell. 1987 Feb 27;48(4):599-605.
Bass BL, Weintraub H. (1988). An unwinding activity that covalently modifies its double-stranded RNA substrate. Cell. 1988 Dec 23;55(6):1089-98.
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Kim U, Wang Y, Sanford T, Zeng Y, Nishikura K. (1994). Molecular cloning of cDNA for double-stranded RNA adenosine deaminase, a candidate enzyme for nuclear RNA editing. Proc Natl Acad Sci U S A. 1994 Nov 22;91(24):11457-61.
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