~昨年10月の日曜日の朝、好熱菌の生育の測定が終わり、さて帰宅しようかと思った折、訃報を聞きました。渡邊公綱先生201報目の論文のための実験でした。ああ、ご報告が間に合わなかった。~
東大工学部(本郷)・東大院新領域(柏)の学生時代、そして産業技術総合研究所(お台場)の研究員時代、実に10年もの間(1998年~2008年)、渡邊公綱先生の研究室でご指導を賜りました。私は先生の最後の博論指導を受けた学生の一人で、先生が東大退官後に異動された産総研にも研究員として連れて行って頂き、ラボを一緒に立ち上げさせて頂きました。
私は修士課程から現在まで一貫して、好熱菌tRNAの硫黄修飾塩基の研究に取り組んでいます。こちらももう18年になってしまいました。好熱菌のtRNAには、特別な場所に硫黄修飾塩基があり、好熱菌のタンパク質合成系の耐熱化に寄与しています。これは約40年前に先生が発見され、日本生化学会奨励賞を受賞された研究です。その後先生はその生合成にかかわる酵素の同定を試みられていましたが、長いことうまくいっていませんでした。私は修士一年のときに、この魅力的ではあるがとても難解そうなテーマを与えて頂きました。大いに身構えましたが、同時にとてもうれしかったことを覚えています。硫黄修飾塩基の発見から約30年後、当時渡邊研の講師であった鈴木 勉 先生のご指導の下、やっとその生合成にかかわる酵素を同定することができました。生合成酵素の遺伝子破壊株は高温で生育できなくなるという結果を公綱先生にご報告したら、とても喜んで頂けました。
修士1年でこの研究を始めた当時、ラボで好熱菌を培養したことがあるのは公綱先生だけでしたので、直々に育て方を教えて頂きました(この年代の学生にとってはかなり貴重)。実験からは長いこと離れられておられましたが、とても嬉しそうに教えて頂きました。「臭いで(コンタミではなくて)好熱菌かどうかわかるよ。」「??」確かに好熱菌とのつきあいが長くなった今では自分にもわかるようになりました。tRNAのCDや熱融解曲線の解釈も先生の得意分野でした。融解曲線のグラフを先生のところに持っていくと、定規で線をバシッと引き、融解温度を出してくれました(意外と計算値と一致する)。
私が所属していた東大の公綱先生のラボは、よく言えば自立している人たちの集まり、悪く言えば自分勝手な人たちの集まりでしたが、公綱先生は学生のみんなに自由にやらせてくれました。先生はラボ以外での仕事も多く、あまりラボにはおられませんでしたが、しっかりとみんなが「自由に研究できる場」を与えてくれました。そこには個人が責任をもって自立して考えるような雰囲気がありました。結果として、その場からは多数の弟子が育っています。
いつもお待たせしてばかりの不肖の弟子ですが、忍耐強く育てて頂きました。これまで渡辺公綱研の出身者として誇りをもって人生を歩んで来ることができました。今後もそうありたいと思います。どうもありがとうございました。
~これから先生の202報目の論文の仕上げにラボに向かいます。ついに試験管内で100%の効率でtRNA硫黄化ができるようになり、新規な硫黄化酵素の反応機構が明らかになってきました。春先には先日受理された201報目とあわせて先生にご報告させて頂きたいと思います。~
産業技術総合研究所 創薬基盤研究部門 主任研究員 鴫 直樹 (しぎ なおき)
写真 2005年 インド・バンガロールでの国際tRNA学会にて公綱先生ご夫婦と