生殖細胞の発生に関わるRNA制御を研究している、山路剛史と申します。今年の2月から、米国オハイオ州のCincinnati Children’s Hospital Medical Center (CCHMC) で研究室をスタートさせました。本稿では、僕がアメリカ生活で学んだことを書かせていただきたいと思います。僕の経験が誰かの役にたち、海外に行くことを躊躇している人の後押しをすることができれば幸いです(うちのラボも絶賛募集中です)。
アメリカに来たきっかけ
僕が修士課程の大学院生としてRNAウイルスの研究をしていた2003年頃、microRNA/siRNAが登場しRNA業界がとても賑わっていました1-3。一方で、マウス遺伝子工学の発展とともに発生生物学も盛り上がり、神戸に理研CDBが設立されたのもその頃でした。その二つの分野が融合する研究テーマが生殖細胞でした。ハエや線虫に関しては、RNA-タンパク質複合体の量・質的な成熟が生殖細胞の発生に非常に深く関わっており、そのメカニズムが盛んに研究されていましたが、マウスではまだ最初期の生殖細胞のマーカー遺伝子がやっと見つかったような状況で4、面白い課題の宝庫で、僕にはフロンティアのように見えました。それで、生殖細胞研究の最前線にいた斎藤通紀先生が立ち上げたCDBのラボのチームに加えてもらいました。ところが最初のアテが外れ、マウスではRNAではなく生殖細胞の初期発生に転写制御の方が大切だということがわかり、僕のフォーカスも転写調節因子PRDM14によるエピゲノム制御機構の解明へとシフトしました5, 6。
再びRNA biologyに興味を持つきっかけになったのは、2008年にRobert Darnell lab から出たHITS-CLIP論文でした7。転写研究がChIP-chip/seq によって大きく変化したように、RNA業界もきっと面白くなるに違いないと感じました。マウスでは生殖細胞系列特異的なRNA-binding proteins (RBPs) が発生中期以降に重要な働きをすることが遺伝学的解析から明らかになっていました。僕はそれらを大きな一つの制御ネットワークとして理解することを目標に掲げ、2012年にラボを移ることを決めました。行き先は Darnell lab のあるロックフェラー大学のThomas Tuschl lab でした。Tuschlラボを選んだのは、彼らが改変版HITS-CLIPともいうべきPAR-CLIPを報告したからです8。胎児期の生殖細胞数、ES細胞からの生殖細胞分化誘導実験で得られる細胞数から計算すると、PAR-CLIP並みの感度でないとSN比が保証できません。加えて、多くのmicroRNAのannotation に貢献したsmall RNA-seq 技術とコンピューター解析基盤、そして生化学解析基盤などがあり、僕のこれまでの研究に欠けていたものが揃っていました。
Thomas Tuschl 博士との出会い
ラボのボスThomasを僕はトムと呼んでいました。トムはこれまで出会った誰とも違う、とても個性的な上司でした。仕事になると鬼のように厳しいのですが、僕の私生活やキャリア形成を手厚くサポートしてくれました。考え方を間違ったときは徹底的に厳しく指導されますが、実験上の失敗で怒られることはほとんどありませんでした。トムは化学、生化学的な側面に関しては信じられないくらい長けた眼力で本質を見抜く一方で、生物学的な話になると直ぐに退屈そうな顔になりました。仮説に基づいたプロジェクトの立案が嫌いで、遺伝学も好きではないのです。僕とは真逆でした。そして常々、「予想できるような仕事をやっても面白くない。そんなの、incrementalだ。怖がらずにもっと大胆にいけ。何でもやって良いから、小さくまとまるな」と言っていました。彼はいつも、僕を専門の違うポスドクたちに引き合わせ、新しいことにチャレンジするようにけしかけました。
僕が入った時、ラボはPAR-CLIPをやりたい人で溢れかえっていたのですが、彼はすでに自然免疫の仕事と、それを基盤にした創薬に夢中でした。また、ロボティクスと組み合わせて、臨床検体(血液や尿)からのハイスループットsmall RNA-seq も立ち上げていました。ここまでくると、彼の専門分野が何なのかわからなくなってきます。でもトムは常に、一見して畑違いな仕事の中に、自分にしかできないことを見抜いていました。そんな彼は、「今日は特許で〇〇ドル儲けたよ(信じられない大金!)」とか、「マサシもお金になる仕事をしないと、サバイブできないよ?」とか、「ベンチャーを一緒に立ち上げない?」とか、目が回るようなことばかり言ってくるのでした。基礎研究しか眼中になかった僕にとって、彼の柔軟で突飛な発想や体験談は、とても刺激的でした。毎日、僕の中の常識が覆されていきました。
Tuschl ラボ流のPostdoctoral Training
トムがポスドクのプロジェクトを具体的に指導することはありませんでした。マウス実験、ヒト検体実験、DNA組替え実験などのプロトコル作成から倫理委員会承認までも自分でしなければならなかったのです。それを悟った時は、絶望的な気持ちになりました(当時、ほぼ誰もマウスを使っていませんでした)。一方で、研究者として生きていくためのトレーニングには力を入れていました。プロジェクトの設定、コラボレーションの立ち上げと維持、予算の確保について、常にアドバイスをくれました。特に、コラボレーターとグラントをco-writing する経験をするように奨励されました。これには、アメリカではコラボレーションがないとグラントが獲得しにくいという事情もありました。
僕にとって忘れられない、トムらしいエピソードがあります。トムから急に呼び出されたミーティングで、偶然にもライバルになりそうな研究者と出くわしたことがありました。お互いに気まずい空気が流れる中、トムは不思議な顔をしながら「なんで一緒に働かないの? ラッキーじゃないか」と言うのです。それは、当時の僕には斜め上すぎるアドバイスでした。結局、その後、その研究者とは本当に共同研究を立ち上げることになり、グラントも一緒に獲得しました。まだ論文にはなっていませんが、彼との仕事は現在投稿準備中です。日本で研究にのみ没頭してきた僕にとって、事務手続き、予算獲得、実験、論文と全てこなす生活には苦しめられましたが、その甲斐あって3つの収穫がありました。1つめは多様な価値観を目の当たりにして考え方が柔軟になった事、2つめは研究環境のセットアップからグラント申請まで一通り学べた事、そして3つめは英語がヘタクソなのを気にしなくなった事です。これにより、これまでとは異なる視点からアメリカの研究社会を眺めることができるようになったように思います。
ドリフトする研究生活
自分なりの計画を携えてTuschl labにきたわけですが、ここでも思い通りに話は進んでくれませんでした。僕は当初、精子の元になる精原幹細胞の培養モデルを起点として、遺伝学と生化学を繋げる仕事をしようと計画していました。この培養モデルは精巣に移植すると精子形成を再開するため、in vitroからin vivoの解析へと比較的容易に発展できるからです9。ようやく系が立ち上がってきて、僕が考えていたRBPの解析をそろそろ始めようかと思っていた頃でした。同じラボのポスドク仲間であり、かつ、PAR-CLIP法を樹立したMarkus Hafner から一緒に仕事をしようと誘われました。彼は生殖細胞特異的に発現するRBPの一つ、DND1に興味を持っていました。
DND1はmicroRNAによる発現抑制を解除し、標的mRNAの発現を亢進させるという非常にユニークな機能が報告されていました10。microRNAのラボで働いてきた彼としては、避けては通れないテーマだったのです。一方で、マウス遺伝学をバックグラウンドとする僕からすれば、主要な発見が少なく、後から参入するには利益が小さいRBPでした。Dnd1は幹細胞研究分野で長らく研究されてきたteratoma多発性変異マウス(129Ter/Ter)11の原因遺伝子としてセンセーショナルに報告された遺伝子でした12。ゆえに、Dnd1の遺伝学的解析は、発見と同時にほぼ完了に近いような雰囲気でした。加えて、teratocarcinoma ではonco-miRが高発現し、それががん化を促進することが報告されていました13。つまり、DND1によるmicroRNA機能の抑制は、129Ter/Terマウスでの生殖細胞ガン形成メカニズムを綺麗に説明してしまっていたのです。
当初は断っていたものの、彼は僕のグラントの英文校正やフィードバックなどをいつも誰よりもしっかりと助けてくれていたので、友達として断りきれなくなり、一緒に働くことになりました。すると、驚いたことに、綺麗に説明されてしまったと思っていたことがまるで確認できなかったのです。反対に、DND1はCCR4-NOT脱アデニル化酵素複合体と直接結合し、microRNAとは無関係に、標的mRNAの分解を誘導する因子だとわかりました14。この複合体は普遍的なmRNA分解経路の主要因子なのですが、精原幹細胞においては、CCR4-NOT複合体の大部分がDND1によって標的mRNAにリクルートされていることが示唆されました。生殖細胞では高発現するDND1(106コピー以上)によってCCR4-NOT複合体の大部分が乗っ取られてしまっているようです。このような様式で転写後の遺伝子発現調節を行う例は、これまでに見たことがありませんでした。
生殖細胞には他にも複数のRBPが発現し、RNA分解を制御しています。DND1の標的mRNAは、こうしたRBPの標的ともオーバーラップするはずですが、それらの遺伝子欠損マウスの表現型は、必ずしもdnd1欠損マウス(129Ter/Ter)とは一致しません。これを説明できるような機能的相互作用を緻密に解析していくことが次の課題です。これまで個別に解析されてきた生殖細胞特異的なRBP群によるRNA制御を統合し、一つの制御ネットワークとして理解することができるはずです。
後になって分かったことですが、僕が最初に解析しようとしていた因子は、生殖細胞ではそれほど大事ではありませんでした。マーカスとの出会いがなければ、どうなっていたことかと恐ろしくなります。学生時代から振り返ってみても、僕は自分が思い描いていた事とは違う方向に研究テーマがドリフトし続けてきました。それは僕にスマートさが足りないからだと思っていましたが、今考えると、自然現象を予測できると思うこと自体が傲慢だったのかもしれません。誤解のないように書きますが、僕は今でも計画は大切だと思っています。その上で、臨機応変に水平移動することが、新しい発見へと結びつくように思うのです。
ポスドク、凄く凄く募集!
山路研究室では研究員を募集しています。僕と一緒に、生殖細胞発生に関わるRNA制御を研究しませんか? やる気のある方、新しいことにチャレンジするのが好きな方、ぜひご連絡ください。
写真1 ラボを出る前に撮った写真。彼のオフィスには、彼の友人が書いてくれた大きな絵が飾ってあります。奥さんがデザイン関係の仕事をしていたためか、友人は芸術家や音楽家だらけです。
写真2 ドイツ人なので、やっぱりビールはホームメイド。でも、これが本当に美味しい。
写真3 最近は日本酒作りにも挑戦し始めました。記念すべき第一弾。これが意外と美味しくて、僕はショックを受けたのでした。忙しいときに日本語Webサイトの説明を頼まれ、ちょっと面倒臭い思いをしたのも良い思い出です。
写真4 NIHで独立したマーカス。トムにしろマーカスにしろ、羨ましいくらい背が高いのです。それを際立たせるために、僕が少しだけ屈んだ写真を撮影してみました。学会のネタ用です。撮影者は、彼の奥さんでGreg Hannon Lab出身のAstrid Haase。彼女もNIHで独立しました。
References
1. Pasquinelli AE, Reinhart BJ, Slack F, Martindale MQ, Kuroda MI, Maller B, et al.
Conservation of the sequence and temporal expression of let-7 heterochronic regulatory RNA.
Nature. 2000 Nov 2;408(6808):86–9.
PMID: 11081512
2. Lagos-Quintana M, Rauhut R, Lendeckel W, Tuschl T.
Identification of novel genes coding for small expressed RNAs.
Science. 2001 Oct;294(5543):853–8.
PMID: 11679670
3. Elbashir SM, Harborth J, Lendeckel W, Yalcin A, Weber K, Tuschl T.
Duplexes of 21-nucleotide RNAs mediate RNA interference in cultured mammalian cells.
Nature. 2001 May;411(6836):494–8.
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4. Saitou M, Barton SC, Surani MA.
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Critical function of Prdm14 for the establishment of the germ cell lineage in mice.
Nat Genet. 2008 Aug;40(8):1016–22.
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6. Yamaji M, Ueda J, Hayashi K, Ohta H, Yabuta Y, Kurimoto K, et al.
PRDM14 ensures naive pluripotency through dual regulation of signaling and epigenetic pathways in mouse embryonic stem cells.
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