日本RNA学会会長 廣瀬 哲郎

10月7日の夕方(日本時間)、今年のノーベル生理学・医学賞が、米国のVictor AmbrosとGary Ruvkun両博士に贈られることが発表されました。受賞理由は、「マイクロRNAとその転写後制御における役割の発見」です。昨年に続いて、二年連続でRNA研究者がノーベル賞を受賞したことは、同じくRNAを研究する者として法外の喜びであり、日本RNA学会として受賞者のお二人に最大限の賛辞をお贈り申し上げます。

RNAの研究に少しでも触れたことがある者なら、この受賞は意外に感じたに違いありません。この分野は、ノーベル賞的には2006年のRNA干渉の受賞ですでに一区切りがついたと考えられていたからです。昨年のRNAワクチンの際には、「来るか、来るか、キター!」という期待感があったものの、今年は全く予想外で、私はノーベル賞の発表を流しながらデスクで仕事をしていました。時間通りに見慣れた顔ぶれが現れ、関係者が自分でMacを持参し、その場で接続する様子に欧州の余裕を感じました。そしていよいよ発表です。しかし、例年通りスウェーデン語→英語の順で行われ、スウェーデン語から何か手がかりを得ようと耳を傾けましたが、全くわかりません。すると突然、「ビクター・アンブロス」と聞こえたのです! おそらく、世界中のRNA研究者たちが驚きのあまり「Wow」と叫んだ瞬間だったことでしょう。受賞者自身も全く予想していなかったようで、Ambrosはストックホルムからの電話にさえ出ることができず、連絡が取れない状態だったとのことです。このようにして、本人がまだ知らない間に、私たちはこの驚くべき瞬間に立ち会うことができたのです。

この日は、その後、大学内で多くのメディア対応に追われましたが、実は私自身、マイクロRNAとの関わりはほとんどありません。ただし、2つのマイクロRNA論文には懐かしい思い出があります。1つ目は、いうまでもなく、今回の受賞対象となった1993年のCell誌に掲載されたAmbrosの論文です。当時、私は大学院修士課程に進学したばかりで、まだRNAに触れる前の「白紙」の時代でした。確か、当時は植物遺伝子の光誘導に興味を持っていたと思います。そんな何も知らない無垢な学生であった私に、線虫のLin4遺伝子の正体がほんの小さなRNA断片であったという発見は、強烈な印象を与えました。この論文が直接私のRNAへの興味を引き起こしたわけではありませんが、30年経った今でも、あの時感じた浮遊感とともに、不思議な感動を思い出します。この感覚こそが、私が後にRNAという対象に惹かれるきっかけだったのかもしれません。

もう1つの思い出は、2000年に米国でポスドクをしていた時のことです。所属研究室に送られてきた査読論文がありました。その論文は、あるRNA結合タンパク質の複合体に多数の小分子RNAが含まれていることを示し、それをvsRNA (very small RNA)と命名していました。その直前には、Tuschl、Bartel、AmbrosによるScience誌への3連報の査読も送られてきており、私は「世界が変わる」と直感しました。マイクロRNAという呼称が統一されたのは、その直後のことです。21塩基という「魔法の数字」に触発され、これまで見過ごされていた極小のRNA画分を解析しようと考えた研究者が、世界中にどれだけいたのでしょうか。これが、私にとってのささやかなマイクロRNAにまつわる思い出です。さらに詳しいマイクロRNA談義は、より関わりの深い執筆者の方々にお任せしたいと思います。

受賞直後に対応したある新聞記者からの問いかけ。 「ノーベル賞はRNAが好きですよね。」

よくぞ気づいてくれました。これは、学部生への授業で毎年私が必ず話すポイントです。RNA研究に与えられたノーベル賞の数は、生命科学の他のどの分野と比べても圧倒的です。分子生物学の始まりとも言える1953年以降、RNA研究に贈られたノーベル賞は、今年を含めて実に13件に及びます(個人的な解釈を含む部分もありますが)。以下にまとめた表を見ていただければ、その偉業の数々を俯瞰できます。どれも当時の見えざる壁を打ち破り、生命科学を新たな領域へと押し広げた研究ばかりです。

全体を通してみると、時代と共にRNA研究がさまざまな形で発展・変容してきたことがよくわかります。1~3は分子生物学の第一期のセントラルドグマの流れを確立した研究です。4~7および9は、原核から真核へと分子生物学が拡大する過程で発見された、RNAの予期せぬポテンシャルの数々。8と10は、セントラルドグマのプロセスが原子レベルで深く理解された成果。そして11と12は、RNAの機能が応用技術に結びついた成果と言えるでしょう。RNAの機能の多様性と、RNAの扱われ方という2つの軸に沿って、研究が多面的に発展しているのがわかります。

そんな中での今年のマイクロRNAの受賞をどのように捉えるべきでしょうか? 特に、RNA干渉とは別に新たなノーベル賞が与えられた理由は何でしょうか? さらに、歴史上初めて、RNAに関する受賞が2年連続で行われたことには、どのようなノーベル委員会の意図が込められているのでしょうか? これらの問いに答えることで、今後のRNA研究の方向性を示す新たな潮流が見えてくるかもしれません。特集にご寄稿いただくマイクロRNAに馴染み深い研究者の方々のご意見をお聞きすることが楽しみです。

今後もRNA研究に新たな光が当てられることがあるでしょうか? 私たちのゲノムの中には、まだ誰も想像できないような機能を持つRNAが潜んでおり、それらのベールが剥がされるのを待っているに違いありません。そして、そうして新たに見つかったRNAの機能を活用することで、人類を救う、もしくは世界を一変させるような技術が開発されるかもしれません。そんな驚くべき発見が、今度はぜひ日本から発信されることを期待しています。

この原稿を書きながら2日前と同じようにノーベル賞の配信を流していたところ、今年の化学賞はタンパク質構造予測の研究に与えられるそうです。タンパク質もなかなかのものですね。しかし、RNAもさらにやってくれることでしょう。